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風景写真よもやま話

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2008/08 << >> 2008/06

何をしようか?
 あの忙しい家内がここ当分用事がないという。そこで今日一日、どう過ごすか二人で思案する。映画を見ようか、それともどこかへ遊びに行こうか、妙案はない。

 ガソリンが値上がりし、来月から185円台になるという。これじゃ、車で歩き回ることもできない。

 昨日はF子と歓談した。F子は夫が単身赴任で、家へ帰るのは月に一、二度、寂しくないかと問う。

 「ぜ〜んぜ〜ん! 私は毎日忙しくて夫が帰ってきても相手をする暇がないのよ! せいぜい夜の仕事くらいかな?」

 お見事! 正直なF子さん! でもたまに会うのにこの淡白さ! 彼女は地域活動やサークルに没頭しているためか、寂しさがないという。

 年金生活の私達は外へ出ればお金がかかる。だから家に閉じこもっていれば一番経済的なのだが、家に一日中いることはそれほどたやすいことではない。

 昨日は二人で本屋へ行った。せめて本でも買って一日中読書でもすれば時間が保てる。家内も私も本好き。娘が貸してくれた分厚い本がまだ読みきれていない。

 読書は自分を磨くネタが埋もれている。大手の出版社が不況にあえぐ中、個人で立ち上げた出版事業が好調とか。次男もその一人。

 ネットで本を注文する人も多い。夫婦で好きな仕事を家の中でできる商売はいいなぁ! 自営業は定年がないし、私のように今日、明日、何をして過ごそうかと考えることもない。

 でも明日からまた忙しくなるぞ! 仲間と五箇山行きの一泊旅行が待っている。たまの旅行は私に新しい息吹を与えてくれるのだ。

2008/07/31(木)


ニューヨーク発・・・
 ニューヨーク発、米航空宇宙局(NASA)の元宇宙飛行士が英国の音楽専門ラジオ局のインタビューで、政府は宇宙人の存在を隠蔽していると発言、米英メデイアが相次いで報じる騒ぎになった。

 この宇宙飛行士、エドガー・ミッチェル氏(77歳)は1971年に打ち上げられたアポロ14号の元飛行士で、「政府は過去60年近くにわたり、宇宙人の存在を隠してきたが、我々のうちの何人かは一部の情報について説明を受ける幸運に浴した」と説明、宇宙人は奇妙で小さい人と、呼ばれるなどと語ったという。

 この宇宙人はグレイと呼ばれる宇宙人か、グレイと発生的に同じ起源を持つエイベック星のゼーター・レクチル星人ではないかと思われるとある。

 私にすれば、”何を今さら!”との気持ちが強い。宇宙人の存在なんて太古の昔から数限りなく目撃され、UFOを見たという人も枚挙にいとまがない。

 恐らくこの宇宙飛行士が聞いたのは、1947年7月にアメリカ・ニューメキシコ州ロズウェル陸軍航空基地の北西120kmの牧場に墜落したUFOの件であろう。

 この事実については私が18年前に買った矢追純一氏の著書「これが宇宙人との密約だ」と「宇宙人はもう地球に棲んでいる」に詳しいが、私の書棚には数十冊のこの種の本が積んである。

 何度も言うが、この宇宙は多次元世界だ。この三次元の地球に住む我々地球人は、進化の遅れたヒューマノイド型(人間)のいち生物に過ぎない。

 人間は地球だけに住むと考えるのはうぬぼれもはなはだしい。広大な無限の宇宙には霊的に進化し、科学的にも精神的にもはるかに進んだ生命体であふれている。

 地球人は精神的に未熟なため、この宇宙の多次元社会が理解できず、自らの精神性を閉ざしてきた。だがこの先、次第にその仕組みが明らかになるであろう。

 人は魂を浄化し、進化させるためにこの世に生まれてきた。NASAがどんなに隠そうとも、この宇宙の知的生命体の存在はいずれ明らかになる。

 彼らのはるかに進んだ科学と精神性を学ぶためにも、我々が自滅しないためにも、心を広く持って彼らを迎えたいものである。

2008/07/30(水)


17歳の慰霊碑
 45年前、職場で一緒だった”ときちゃん”と縁ができて、ときちゃんの活躍する「富山大空襲を語り継ぐ会」の63周年のつどいへ参加してきた。

 ときちゃんは母親を焼夷弾の直撃で亡くし、今は会の幹部として活躍している。これは先日私達が行った富山大空襲で亡くなった約3000人の犠牲者を供養した縁からも繋がったもので、記念講演があるというので参加したものだった。

 会場は小さかったが、参加者であふれていた。私も連れの女性と二人、隅の椅子に座り公演を拝聴する。

 講師は橋本哲氏、高校教師を経て昨年退職とあり、富山市内に住む方だった。著述家でもあり、著書多数。今回は自ら執筆された「真珠湾に散った17歳ー武田友治の旅」からの公演だった。

 ここで渡されたチラシの説明文からその一部を紹介しよう。


 「太平洋戦争開戦の1941年12月8日、ハワイ真珠湾で戦死した日本兵のなかに、富山県杉原村出身の少年航空兵が一人いた。武田友治、17歳、小学校高等科2年、14歳のとき、海兵団に志願し、通信学校、さらに鈴鹿(三重)・大村(長崎)・舞鶴(京都)の各航空隊を経て、鹿児島で秘密訓練。

 その後、行く先も告げられないまま出撃命令を受け、連合艦隊機動部隊の一員として、エトロフ島から北太平洋を東進、パールハーバーで戦死する。」

 公演では武田友治の短い生涯について細かく調査された資料に基づき、プロジェクターを駆使して懇切丁寧な説明があった。

 私は全く知らなかった。若干14歳の少年が海兵団に志願するなんて、考えもできないことだからだ。

 当時の世界情勢は切迫していた。日本はアメリカから生命線である石油を遮断され、政府はやむなくアメリカとの戦争を決断する。

 私はこの戦争の是非については批評しない。人それぞれの考えがあり、それは運命ともいえるものだからだ。だが戦争は悲惨だ。人々が殺し合い、息の根を止め、降伏するまで戦わねばならない。

 これは人類のカルマだ。だれもが平和を求めながら戦争をする。戦後63年が過ぎて、日本は一度も戦火に巻き込まれない平和国家になったが、世界の情勢は予断を許さない。

 核兵器が世界にあふれ、ひとたび窮地に落ちいれば再び使用されるかもしれない。テロや弾圧がいたるところで行われ、多くの罪のない人々が犠牲になる。

 人類はなんと愚かなのだろうか? いがみ合い、殺しあわなければ生きてゆけない。だが世界の人々は変わらぬ平和を求めている。

 太平洋戦争で犠牲になった約300万人の冥福を祈るとともに、世界の平和を目指す。私の教団がこのたび縁があって、あの中東地域の火薬庫とよばれるイスラエルにおいて、大柴燈護摩法要を行うことが決定した。

 これは9月10日、イスラエル国・エルサレム市においてイスラエル建国60周年を奉祝し、世界の平和を願って行われる。

 国境を越える平和の祈り! それは人類が求める最高の平和宣言でもある。非業の死を遂げた死者を供養してその恨みを晴らし、世の中を安定していさかいのない平和な国にしなければならない。

 これが私達の願いであり、死者への追悼の心でもある。

2008/07/29(火)


霊的障害
 日曜日の朝、民放テレビを見ると、ニュース番組で有識者を囲んだ討論をやっていた。最近続いて発生した東京秋葉原と八王子の通り魔事件である。

 ニュースキャスターが有識者へ、その犯人の心理を問いかける。それぞれ犯人の生い立ちや家族関係、友人や社会など犯罪に走る動機や心理を分析するが、私は今一つピリッ!としない。

 それは犯人の表面的な面だけから事件の真相を解明しようとするからである。もちろん犯罪に走る原因は見た目でほぼ察しがつく。だが真の原因はほかにもあると思うのだ。

 過去何度もこの欄に書いたが、この事件が起きるとまた私の師と仰ぐ高名な宗教家の話をせざるを得ない。以下は私が思う真の原因を師のご著書から拝借したものである。

 真の原因とは何か? それは犯人を動かす深層意識を語らずして解決しない。現代心理学は1900年、フロイトの精神分析に始まり、次第に無意識の意識の追求に入っていった。

 そしてフロイト、ユングに続いて、これまでに全くなかった新しい心理学の領域を開創したハンガリーの精神分析学者であるリポット・ソンデイ博士が登場するのである。

 つまり、フロイトの個人的に抑圧された無意識の「層」とユングの集合的無意識の「層」に続いて、1937年に第三番目の研究方向として、この二つの層の中間に家族的無意識の領域を研究対象として解明しようとしたソンデイ理論である。

 フロイトは個人を、ユングは群集を、そしてソンデイはその中間に「家族」を発見したのである。彼の分析は運命心理学とか衝動心理学と呼ばれ、その理論でこう主張する。

 「個人の深層意識の中に抑圧されているある特定の先祖の欲求が、その個人の恋愛・友情・職業・疾病・および死亡における無意識的選択行動となってその個人の運命を決定する」

 ソンデイはこの理論を、自分の運命を分析することにより明確に示した。つまり、貴方の知らないうちに、貴方の恋愛・友情・職業・病気・死に方まで決定してしまう、というのである。

 要するに先祖の生き方を自分が反復し、その運命も先祖にゆだねられる。にわかに信じられないが、彼は数多くの実例をあげてその学説を証明し、いまや深層心理学における一つの大きな潮流となっているのである。

 これは転生現象と言っても良い。人は輪廻転生する。人は10代遡って2048人、20代で210万人の先祖を持つ。その中には社会へ貢献し聖者とあがめられた人もいただろう。また極悪非道な人生を送り、世の虫けらと侮られた人もいたかもしれない。

 貴方はそのどれかを受け継いでいるのかもしれないのだ。これは霊視能力があればその原因を辿ることができるが、世の人は霊的世界への無知から全くそのことに気づかない。

 犯人が起こしたことは元へ戻らないが、もし自分が不幸で不運と思う方は、この関わりを自問してみることが大切である。

 自分に関わる先祖が苦しんでいることが分かれば、その運命を反復しないためにも先祖を供養して、その無念を晴らしてあげなければならない。

 その供養法は仏陀が悟った「成仏法」により、直接先祖に働きかけて無念の念を消滅する「解脱成仏供養」によりこれは成される。

2008/07/28(月)


夏風邪
 横に座ったご婦人が鼻をグスグスとすすり、時々ちり紙で鼻をかんでいる。どうやら夏風邪をひいたらしい。

 「F子さん、どうしたの? 風邪ひいたの?」
 「そう! エアコンにやられたのよ。」

 こう毎日が暑くちゃ、寝るときはエアコンをかけっぱなしで寝る人も多いのではないだろうか? 快適な温度も夜風と同じ風を吹かせると、身体に悪いことは承知のこと。

 またD子さんにも話しかける。

 「D子さん、D子さんはどこで寝ているの? 2階?それとも1階?」
 
 「歳とったから1階よ。でも寝室の窓を開けると、隣のエアコンの扇外機がまともに家へ温風をくれるのよ。部屋を閉め切っていなければならなし、暑くてね!」

 暑さ対策はエアコンしかない。各部屋にエアコンあるから、一斉につけると電気もうなぎ登り。先日も電力会社が過去最高の最大電力を記録した。

 私は家を新築するとき、2階に寝室をつくらなかった。その理由は年老いたら階段の登り降りができなくなるからだ。

 だが知人のY男さんがいう。

 「オレはばあさんを2階で寝かせているんだ。もう90歳になるけど、階段で足腰を鍛えて老化を遅らせようとね!」

 でもね! 老人にはきついよ! いずれは足腰が弱くなり、階段の登り降りはできなくなるし、この暑いのに2階じゃ、ばあささん寝るのに大変だろうよ。」

 いらぬ心配かな? 世の中は益々温暖化で気温が上がる。私は寝るときは窓を閉め切ってタオルケット一枚で寝るが、1階の北側なので夜風も入り、部屋を涼しくしてから寝ることができる。

 人間の身体は自然に任せるのが一番、快適な生活を満喫しようとして身体を冷やすと思わぬ風邪を引くことにもなる。

 暑い夏はこれからが本番だ。省エネのためにも居間の温度を30度に設定し、夜は自然体で寝る。これほどのエコ生活もない。

2008/07/27(日)


定例写真展
 私の写真クラブ「峻陽写友会」の写真展が県民会館で始まった。今回で66回目、年2回の開催だからもう30年以上も続いている。

 今回はどんな人達が来てくれるだろうか? 掲示が終わり仲間と談笑していると、会社の先輩が来た。一通り写真を見て、近況を話し合う。来てくれる人は写真を撮っているか興味のある人で、不思議と写真の話にはならない。昔の仕事仲間の話題が中心なのだ。

 午後から用事があり会場を後にしたが、家へ帰りHPを開くとあの”ときちゃん”から掲示板に書き込みがあった。私の写真を見てきたという。

 彼女は山の写真クラブだと思っていたらしいが、私の仲間はみんな高齢化して、山の写真を出す人はほんのわずかだ。富山県を代表する山岳写真家「中野峻陽」氏が設立した写真クラブも、今では会員の平均年齢は70歳代になり、山に登れなくなった。

 私もその一人、ときちゃんのように旺盛な登山意欲もなくなり、座って登れる立山室堂あたりが私の撮影場所になってしまった。

 今回出品した作品は4,5年前に撮った開通直後の室堂から見た別山や大日岳の風景だが、初めて写真に自作の短歌を添えてみた。

 ときちゃんはこの短歌が気に入ったらしい。思いつくままに詠んだ歌だが、苦しい山登りの中で、山小屋へ着くホッとした感覚。ときちゃんは私の気持ちを共有してくれた。

 写真展は日曜日まで続く。今日も用事で会場へ行けないが、最終日はまたどんな出会いがあるだろうか? この写真クラブで語り合う仲間や観に来ていただいた人々との出会い、これがまたとない心のふれあいになっていることだけは否定できない。

 富山県は写真マミヤが多く、アマチュアカメラマンも2000人と聞く。この6,7月は集中して写真展が開催される。隣のBギャラリーでも写真展が開かれていた。

 知り合いの人が嘆いていた。「会員が高齢化して、会員数も8人になってしまったよ。」

 一体若者はどこで何をして過ごしているのだろうか? 

2008/07/26(土)


睡眠障害
 この現代社会はストレス社会だ。仕事や人間関係、個人的な悩みなどで夜、なかなか眠れない人も多い。私もその一人。睡眠が十分とれないと、一日中体調が悪く活気がでない。

 息子が帰省して一枚のCDを見せてくれた。その名は「睡眠革命」。聴いたその日から効果が実感できる、とある。

 夜、なかなか眠れない人、夜中にすぐ目覚める人、疲れがとれない人などのほかに、自分に自信が持てない人、人間関係に悩んでいる人、将来の不安、健康、夢を実現したいなど、自分の願望を実現させるためのイメージをささやいてくれる。

 これはセラピストによる癒しのCDだ。ソフトに優しく、バックミュージックとともに成功への道を語りかけてくれる。

 成功への道は自分の潜在意識へいかに語りかけるかで勝負は決まる。悩んでいる人に、こうだああだと問いかけても、心の重みになるだけで解決はしない。

 自分への自信を潜在意識へ語りかけてこそ、次第に自信を取り戻し、あたかも自分がその気になったように脳を活性化できるのだ。

 息子は将来に大きな目標を持っている。その自分の願望が果たせるかどうかは自分をいかに変えるかにかかっている。

 「父さん! このCDすごいよ! イヤホンで聴くと10分もしないうちに眠れるんだ。」

 息子も睡眠障害で悩んでいた一人だった。どこで手に入れたか知らないが、私も聴いていると確かに暗示がかけられたようになり心が楽になる。

 心に悩みを持つ人は多い。その解決にためには助けが必要だ。相談できる人が必要なのである。だがそんな人はそういない。だから悩むのだ。

 このCDは悩みの解決と自信、暗示により潜在意識への働きかけで、どんな人より確実に自分を癒してくれる。

 先日また、若者の無差別殺人事件が起きた。彼も自分の悩みを相談できなくて悩んでいたという。いかにして自分の願望を実現させるかの問いも、そのきっかけを捜し見つけるのも運による。

 もし、貴方が何かの悩みや自己啓発で人の助けを借りたいと思うとき、このCDによるのも一つの方法なのだ。

2008/07/25(金)


リーダーシップ
 リーダーシップって何だろう? 昨日、このリーダーシップについて考えることがあった。辞書にはリーダーシップについてこのように記してある。

1.指導者としての地位・任務・指導権
2.指導者としての素質・能力・統率力

 これは会社とか団体を統率する場合の資質を問うものと思うが、どんな人でも完全でないため多少のトラブルに出会うのは止むを得ない。

 特に強烈な統率力を持つリーダーは自分の持論を絶対に曲げない信念があり、だからこそリーダーと呼ぶのだが、これが対人関係のアキレツになる場合も応々にして認められる。

 私も現役時代、2000人の作業員を統率する数十に及ぶ下請け会社を束ねる安全のリーダーとして、苦労の連続だった。これにはまず社内の安全管理体制を確立しなければならない。

 1500億円に及ぶ発電所の建設には、述べ100万人を超す労働者が働く。その労働者を災害から守る方策を策定するのだった。
 
 安全管理対策は困難を極め、私は上司と部下の板ばさみになって、ついに不安神経症を発病することになる。私には十分なリーダーシップがなかったということになるだろう。

 資質・能力・統率力に欠けていたことは否めないが、身を粉にして対処した後は運次第だった。毎月のように現場では災害が発生し、労災隠しも発覚した。

 だが、幸運なことに誰一人死者を出さず、身体障害者も出さなかった。

 リーダーシップは単に資質(カリスマ)があり能力や統率力があるからできるものではないと思う。それには運も必要なのだ。

 運とは何だろうか? それは「徳」である。徳とは力であり、本当の力は徳から生じたものである。本当の力とは、自分を高め、他人を高め、社会を高めるものでなければならない。

 徳を積んで、そこから福が来る。利他の行をして少しでも喜んでもらったら、それが自分の徳になるのである。そのいくつかが積み重なって徳となってゆく。

 積む初めからそれを取り崩して使ってしまったら、いつまでたっても徳にならない。相手に喜んでもらった瞬間、徳の元を作ったわけで、その喜びの報酬を期待し、それを受け取ってしまったら徳にはならないのである。

 真のリーダーシップは徳から生じる。私にはまだまだこの徳が足りない。利他愛、他人に対する奉仕がその人の徳となる。これは人類だけでなく宇宙の法則でもある。

 この宇宙にびまんする多くの進化した生命体がそのように言っているのだ。リーダーシップを支える徳とは、自分を超えた宇宙の意識体の総意でもある。

2008/07/24(木)


五次元入門
 先日、”ごんぞう”さんという方から私のホームページの掲示板に書き込みがあった。北京オリンピックがあぶない!という。そして浅川よしとみのホームページを見て欲しいとアドレスが記してあった。

 ところがアクセスしてもつながらない。今度は検索して名前を打ち込めばすぐに出るとおっしゃったので、早速ヤフーで淺川嘉富と打ち込み、検索してみる。

 紙面のトップに出てきた。すぐにプロフィールを見てみる。何! 何と! ここで初めて気づく。浅川嘉富氏とはあの「五次元入門」の著者ではないか!
 
 私にこのHPを教えてくださった”ごんぞう”さんとは一対どんな方なのだろうか?

 氏は東大理学部を卒業の後、某損害保険会社の役員を退任され、のちに地球・先史文明研究家として著書多数、私も「五次元入門」の著書を買って名前は知っていたが、まさか浅川氏を紹介した書き込みとは知らなかった。

 ”ごんぞう”さんはどうして私のHPをお知りになったのだろうか? 私のHPは富山県を中心とした風景写真を主としたもので、日々の生活での体験や自分の信条とする考えを「よもやま話」として、日記形式で毎日書き込んでいる。

 先生は写真も堪能で、1500mの八ケ岳のふもとにお住まいとか、写真も四季折々のものが多数載せてあった。

 先生はライフワーク完遂のため、「世界の不思議」を求めて世界各地を探策され、UFOや宇宙、超古代史、霊的世界についての造詣が深く、その著書も「人間死んだらどうなるのか?」(中央アート出版)や「なぞ多き惑星地球」(徳間書店)など、これから迎える人類と地球の未来について持論をまとめておられる。

 先生のホームページを見ると、私の胸にビンビン!と響くものがある。私と全く同じ考え方だからだ。だから私も本で読み、目で見、人と語り合うことから自分の「よもやま話」でこのテーマを書いてきた。

 浅川先生との不思議なご縁! 思いを同じにする者同士がネットを通じて語り合えることに、何か宇宙の意思を感じてならない。

 先生のHPで「真相追究レポート」を読むと、これから我々人類がどのような運命を辿るのかが少し理解できると思う。

 アクセス数 120万件! 先生の「五次元入門」のご著書は意外な展開を見せる結果となった。関心のある方はぜひ下記のアドレスを打ち込むか、浅川嘉富と検索して開いて欲しい。

 浅川嘉富のホームページ 

http://www.y-asakawa.com/index.html

2008/07/23(水)


夏バテ対策
 こう毎日が暑くちゃ、体力も持たないね! ここ3日ばかり前まで持病の神経症で苦しみ、パニック症状がでて自分の身体をコントロールするのが大変だった。

 だが、不思議と嘘のように身体が軽くなり、神経症の症状が消滅した。これは薬が効いただけでない。何か不思議な力が働いたようだ。

 富山大空襲の法要を3日後に控え、この体調じゃ、仕事にならないと病気平癒の護摩木で祈願したおかげかな?

 夏ばて対策はサプリメントだ。栄養補助食品を摂り、不足するビタミンやミネラル、アミノ酸を補充する。

 これは前に何度も書いたが、人間の身体は化学工場だ。必須とよばれる栄養素が万遍に補給されないと必ず身体に変調をきたす。

 現代社会の食べ物は美食に走り、昔のように採れたままの穀物を食べることなく、加工してしかも味や色を良くするため、いろんな添加物を混ぜる。だから身体に有害なものも多く、体力の維持、増強にはならない。

 私の摂っているサプリメントはビタミン類が17種、ミネラル類が17種、それに必須アミノ酸が9種と霊芝、銀杏葉エキス、そのたリン質を粒状にたものを毎日、食後に飲んでいる。だから体力が落ちない。このうだるような暑さでも平気で仕事ができるのだ。

 いま、高齢者の健康が一番危惧されている。その医療費は22兆円とか! 病気にならないためにも、日頃自分の健康管理だけは自分で守ることを考えなければならない。

2008/07/22(火)


空襲犠牲者を悼む
 昨日は富山大空襲で犠牲になった約3000人のみ霊を、仏陀の成仏法で供養する「富山大空襲犠牲者成仏供養護摩法要」が神通川の河川敷で盛大に行われた。

 約100名の参拝者と80名の修行者で、炎天下の、さも当時の火災による暑さを連想させるような雰囲気下で厳かに追悼を行った。

 前にも書いたが、この宇宙は多次元世界だ。広い宇宙にはあらゆる次元の生命体がいて、魂の進化にいそしんでいるという。

 地球もしかり。だがこの地球は宇宙の星々に住む進化した生命体と違って、いろんな次元の考えを持つ人種が混在しているため、まだまだ魂の進化は遅れている。

 人類の起源は、はるかな昔、「礎の創造者」たる意識が誕生し、この意識体により宇宙の各星々に生命体が移住したという。詳しくは「五次元入門」の著者に任せるが、地球はこの意識体がはるかに遅れた一つの星にすぎない。

 この宇宙は多次元世界であり、その世界は同じ次元の意識を持つ生命体に分割されいるという。この地球のように進化の過程にある星だけが、苦楽を味わい、その苦を経験することにより自らが意識の進化を目指さねばならない。

 釈迦は高次の次元を持つ世界から転生した意識体だった。この遅れた意識を持つ地球の我々を救うために、この世に使わされた。

 その高次の意識体(魂)を持って、亡くなった犠牲者を供養をして成仏を願う。これこそ釈迦の本意であろう。それを受け継ぐのが我が教団の目的とするところである。

 昨日は釈迦が残した成仏法により厳かに奉修された。その3000のみ霊はまたとないご縁で供養を受け、喜んでいただけたに違いない。

 全国の心ある方々から多くの菩提心を得て、供養は行われた。真夏の炎天下、さもあの空襲下の暑さを連想させる雰囲気での法要は終わった。

 「み霊の鎮めなくして国土の鎮めなく、み霊の安らぎなくして家庭の安穏繁栄は望めない。」これが我々が行う法要の意義でもある。

2008/07/21(月)


真正仏舎利
 まもなく富山大空襲の犠牲者を悼み、追悼の護摩法要が富山市の中心部、神通川の河川敷で行われる。その法要の中心と成すものは「真正仏舎利」である。

 ご存知のとおり、真正仏舎利とは釈迦の分身であるお遺骨であり、2500年前の釈迦自身である。すなわち偶像崇拝ではない真のホトケを本尊とする成仏供養なのだ。

 真正仏舎利を頂くことは奇蹟にちかい。では2500年前の釈迦を頂けたことはどうしてできたのだろうか?

 真正仏舎利の渡来はまず1900年(明治33年)6月、当時のシャム国王より、日本の仏教界に贈与されたものである。この仏舎利は1897年、釈迦誕生の地であるルンビニーの遺跡から、イギリス人ペッペ氏が発掘したもので、仏舎利のほか、いくつかの違法物が発見され、当時の学会から貴重な釈迦の遺宝であると認められたものであった。

 その後、ペッペ氏はこの遺宝はすべて個人の私有すべきものではないとして、英国政府に奉納したものであるが、それがシャム国を通じてわが日本の仏教界へ寄贈されたものである。(この仏舎利はいま、名古屋市千種区の覚王山日泰寺に奉安されている)

 そして第二の渡来が昭和61年4月7日、スリランカから日本の阿含宗へ公式に、大統領より親授された真正仏舎利である。

 由来書にあるとおり、かってシャム国王より贈与された真正仏舎利と同じ仏舎利で、釈迦成道の地、ブッダガヤーに奉祀されていた仏舎利であった。

 ではなぜ真正仏舎利が尊いのであろうか? それは釈迦自身が成した成仏する法があるためであり、地獄で苦しんでいる衆生(霊障のホトケ)を救い、さらに三界困苦の衆生(地獄界・餓鬼界・畜生界)で苦しむ物故者を解脱させる力があるためである。

 それを成せるのは3の条件が揃わないと修することができない。すなわち、

1.真正仏舎利を本尊とすること。
2.釈迦直説の「阿含経」による成仏法であること。
3.導師が釈迦直説による成仏法を習得していること。

 この三つの条件により、死者は成仏できるのである。

 この護摩法要はまもなく、午後1時半、空襲犠牲者の一番の悲惨な現場であった神通川の河川敷で挙行される。

2008/07/20(日)


阿鼻叫喚
 世の中に「阿鼻叫喚」と呼ぶ地獄がある。これは何も空想の世界ではない。現実に起きたことなのだ。それは昭和20年8月2日の未明、富山市の市街地で始まった。
 
 それは富山大空襲! 2737人が犠牲になり、約7000人が負傷した。犠牲者は焼夷弾の直撃を受けたり、火災で逃げ場を失い焼死したものである。

 その犠牲者を供養する護摩法要は明日の午後1時半から、最も被害のひどかった富山市を南北に縦断する神通川の河川敷で行われる。

 米軍は日本の都市をことごとく縦断爆撃した。主要都市がほとんど対象になり、富山市も機械工場である不二越を狙ったと思うのは間違いで、その目的は市街地を焦土と化すためであった。

 それは市街を灰燼にし、戦意を焼失させる作戦であった。いざ戦争になったら容赦などない。一応国際条約で非戦闘員の殺戮は禁止されていたが、臨戦態勢ではそんなことは通用しない。

 米軍は機械工場の不二越を避けて、市街地の外回りから焼夷弾を投下した。たちまち家屋が火災となり、人々は戦火を避けようと逃げ惑うことになる。

 その一番悲惨な場所が神通川の河原であった。河原には家はなく、水が流れている。だが目測は違った。火事で真っ赤に照らされた川原へ逃げた人々を、米軍はじゅうたん爆撃した。雨あられと降る焼夷弾の群れに、次第に逃げ場を失い、川に飛び込む人も多かった。

 しかし、その川でさえも焼夷弾の炸裂した脂で川面が火の海となり、おぼれて水死することになる。犠牲者は河口まで流され、遠くは30km離れた氷見市の島尾海岸にまで流れ着いたという。

 先日より全国から供養の護摩木や卒塔婆が届いている。その中に、かっては神通川の土手近くに住み、一番被害のひどかった河原の状況をつぶさに見た横浜に住む、老婦人からの手紙が添えてあった。

 このご婦人は80歳代で小さいころの思いでとして悲惨な空襲の現場を体験した方だった。

 戦火に追われて神通川へ逃れた人々がいかにして亡くなったか? 河原は焼夷弾の直撃で内臓が露出して倒れた人、焼死した人、やけどを負い泣き叫ぶ人、肉親を求めて大声で叫ぶ人。折り重なるような死体の群れを掻き分け、狂気のように逃げ惑う人。

 まさしく「阿鼻叫喚」の世界であった。この世界が想像できようか! 戦争とはこのような狂気の世界に変身するのである。

 焼失率実に99.5%! その犠牲者も2800人に及び、富山市は全国でも一番の被災を受けた都市だった。

 その犠牲者の成仏供養護摩法要は明日、一番の被災地、神通川の河川敷で行われる。2800のみ霊はその時を待っている。

 我々がその無念を晴らしてあげよう。戦後63年も過ぎてやっと釈迦の成仏法で供養できることに、私は最大の喜びを禁じえないのだ。

2008/07/19(土)


35.3℃
 今年の夏が暑い。まだ梅雨明けでもないのに、昨日は35.3℃になった。車のクーラーを全開、だがガソリンが高く、温度を29℃に設定する。

 家だって同じだ。窓を開けて扇風機で我慢する。さすがに昨夜はエアコンをつける。寝苦しくてタオルケット一枚でも熱い。

 一体、今年はどこまで気温が上がるのだろうか。そこで思うのが、ブラジルの夢予言者ジュセリーノだ。

 ジュセリーノは夢でこの地球の未来を見る。その当たる確率はそれほど多いとは思わないが、それでも1/3も当たれば驚異的な確率といえる。

 ジュセリーノは温暖化で気温が50〜60℃になるという。このままでも厳しいのに、50℃にも達すればまずは生活できない。

 干ばつと高温が激しくなり、水不足と食料難。地球の未来は確実に破滅に向かっている。そこで思うのが我が町だ。水だけは何の不足もない。

 3000m級の立山連峰から湧き出る清水は永遠に途切れない。いたるところで清水が自噴し、私も庭にたった2m掘っただけで、地下水が出て、どれだけ汲んでも尽きない。

 これから水不足は世界の大問題となろう。生活に必須の水がなければ人は生きてゆけない。島国の日本は水にあまり心配する必要はないと思うが、それでもどこかで渇水が起きる。

 この恵まれた富山県、我が郷土こそ快適に住める地と心から感謝しているのである。

2008/07/18(金)


岩魚
 ”すぎこ”さんのHPを開けたら、岩魚が群れて泳ぐ写真があった。能登島水族館のものらしいが、私はこの岩魚については良き思い出がある。

 昔、我がふるさとは岩魚の宝庫だった。今から50年前ものことである。庄川へ注ぐ小さな谷川には岩魚が無数にいた。それも小さなものではない。30cmを超えるような大物がうようよいた。

 夏になり渇水で水が減ると手掴みが始まる。お盆に親戚のものが来ると、すぐに出かけたものだ。岩魚の骨酒は定評があり、塩焼きにしてもうまい。

 渓流の清水にしか住めない魚、岩魚。やまめ、あまごやニジマスなどとともに、今では養殖技術が発達して、大量に育てられている。

 それが時代が進むと一変した。谷には林道がつき、釣りの雑誌に穴場が紹介されると、県外のマニヤが大挙してやってきた。一網打尽とはこのことを言うのだろうか?

 50年前はまだ道もなく、岩場をよじ登り源流までたどり着いた谷川も、今では車で簡単に行ける。このことは息子が書いたエッセイ「記憶の中の風景を探す父」にでてくるとおりである。

 村で2軒の岩魚養殖場は大繁盛! 折からの世界遺産になった合掌集落の民宿に観光客が殺到する。それらのお客にはこの岩魚が目玉なのだ。

 岩魚は骨酒にすると良い味が出て人気がある。養殖場で買えば、20cm程度のものが一匹300円! 岩魚の養殖は条件が厳しく、誰でも簡単にやれる事業ではないが、ひとたび成功すれば村一番の金持ちになれる。

 私の田舎でも早くからこの養殖に目をつけ、折からの民宿の繁盛と相まって大成功した人がいる。豪邸が建ち、不況のカケラもない。

 在りし日の思い出。すぎこさんの写真から、昔の岩魚の手掴みを思い出して感慨にふけってしまった。もうあの時は戻らない。第一魚がいないのだ。岩魚がいるのは養殖場だけ!、な〜んていう世の中になり、ふるさとの激変をまざまざと思いだ出させてくれるのだ。

2008/07/17(木)


親戚付き合い
 昨日、近くの親戚から電話があった。12,3kmしか離れていないのに、ここ3年ばかり訪問したことがない。別に用事もないので気にもかけていなかったが、さすがにしびれをきらしたのか電話があった。

 私の母の実家は50年前に五箇山を出て大阪に住んでいるが、5月の始めに母の兄が亡くなり、そのことについての情報を聞きたいためだった。

 五箇山の生家は私をはじめ、親戚のほとんどが町へ出た。叔父や叔母もしかり。その多くは富山市周辺に住んでいる。しかし亡くなった人も多く、付き合いのない子や孫の時代になると疎遠になるのはいたし方がない。

 だから親しい間柄であれば行き来もするが、お互いの生活にきゅうきゅうし、亡くなったときだけになる場合も多い。

 新聞は一日休刊日となり、2日分の死亡欄を見る。何と1ページの2/3が亡くなった人の葬儀の案内で埋まっている。

 家内が言う。

 「最近、葬儀場が満員のようよ。自分の思う日がとれず、また遠くの葬儀場しか開いていないことにもなるようよ。」

 当然だろう。子供の数は減少するばかりだし、反対の老人は増えるばかりだ。死亡予備軍は今後益々増えるだろう。

 私はいつも死亡欄を見るとき、亡くなった人の年齢を先に見る癖がある。どの年代での死亡が多いのかと運気の関係を知るためだが、最近は50代、60代のまだ若い方の死亡が確実に増えている。

 これらの人の死因はなにだろうか。”がん”か、脳卒中か、心臓疾患か? せめて平均寿命まで生きたいものだが、寿命には勝てない。

 昨日も書いたが、女性の一人暮らしの多いこと。私の町内でも80歳を越えてまだ嬉々として動き回っている人もいる。聞くところによると、娘が近くにいて、親の手助けをしている人が多いが、身寄りがない人は不安でしようがないことだろう。

 孤独死! これだけは何とも避けたいが、私のように遠く離れて住む子供達ではあてにならない。

 最近、結婚もできず、40、50代になっても一人暮らしの男女が多くなった。これらの人は将来に大きな不安を抱えていることだけは間違いあるまい。

 今日から漁船が一斉休業するそうだ。物価が値上がりし、漁業も油の高騰で採算がとれない。不安は募るばかりだ。世の中不安全盛時代! この先、世界は、日本は、一体どんな不安が待ち構えているのだろうか?

2008/07/16(水)


かんぽの湯
 家内が設立した老人達の親睦組織「ゆずの会」の小旅行があった。「ゆずの会」は日頃老人達が家に引きこもりになるのを防ぐため、月に一度、どこかの保養地へ遊びに行く。

 今回は近くの「かんぽの湯」だそうで、行くの行かないのとしょっちゅう家へ電話がかかり、直前になってキャンセルする者もいる。

 メンバーは全員女性で、70代から80代、そのほとんどは一人暮らしの未亡人だ。中には25歳で夫に先立たれ、再婚もせず子供を育ててきた人もいるという。

 昨日もY子さんがこのように言う。

 「中村さん、私の町内の一角が変なのよ。十数人がすべて未亡人なの! 何か土地の祟りでもあるんじゃないかね!」
 
 まさか、土地の祟りで未亡人になるわけではないと思うが、沼地を埋め立てた団地だそうで、何かの因果関係があるのかも知れない。

 私はつくづく思う。男性の平均寿命と女性の寿命との間には7歳近くの差があるから、年をとれば女性が未亡人になるのは当たり前としても、若くして未亡人となった女性の強さだ。

 在職中、ある講演会で精神科医がこのように言っていた。

 「男性は弱いものです。良き妻に先立たれたら3年の寿命ですよ。男は3年しかもたないんです。」

 これが今でも心に残っている。幸いこの年になっても私達夫婦は健在だが、家内が私より先に旅立ったら、私はひとたまりもないだろう。

 最近、体調が悪く、医者へ行く機会が増えた。今日も内科の先生に会い、胃の診察を受ける。

 「オイ! また一緒に病院へ行ってくれないか。病院の手続きがまだよく分からないんだ。」

 「もうよしてよ! いつまでも私に頼っていたら、そのうち一人になったらどうするのよ!」

 私は家内に甘えすぎなのであろうか? 私が家内に先だ立れたら1年ももたないかな? だから家内より先に死のう。

 だが運命の糸はそううまく回ってくれるだろうか? 私の運命は天が決めることなのだから。 

2008/07/15(火)


オーラ
 娘が来てホームページの写真を更新してくれた。ついでに娘はある本を置いて行った。その本とは「宇宙人の魂を持つ人々」。

 この前来たときは五次元文庫の「五次元入門」だった。娘は私と同じで、異次元や魂の進化につて関心が深いのだろう。1800円もする高価な本を手にし、ページをめくる。

 まず飛び込んできたのがこの記述だった。

 「真に覚醒した霊魂は、目に見えるレベルでの結果は期待せずに、世界に奉仕すると。すなわち、真に霊性の高い人の最も肝要な奉仕とは、その人の放つ”輝き”である。

 統合された肉体・精神・霊魂のエネルギー場が発する、極めて真実で強力な、だが全く見えないオーラのことなのだ。肉体の目では見えないが、心では感じることができ、近くにいる者の精神に作用する。そうやって人間の進化を支援してくれるのだ。

 どうであろうか。人はその精神的進化を遂げると、身体からオーラを発するという。清く輝く光りがその人を包むのだ。

 私利私欲を脱し、ただ世のため人のためと思う心に一点の曇りもない。仏陀がそうであったように、聖者にはこのオーラが輝く。

 それを獲得するには厳しい修行が必要であろう。私もその修行を行う仲間の一人だが、オーラを発揮するまでには何回も生まれ変わらねばなるまい。

 本の主題は宇宙人の魂を持つ人々の話である。今、地球上に眠れるこの宇宙の意思を持つ人々は1億人ほどいるというが、私もそのうちの一人かもしれない。

 人類の起源は宇宙人だ。はるかな昔、宇宙の星々からその意思を受け継いで今の地球人がある。私の場合はプレアデス星人かな?

 宿曜経でいう私の星は「昴宿」だ。スバルともいう。スバルは別名プレアデス星で、プレアデス散開星団は肉眼でも見える。

 人の前世や起源、異次元に異常なまでの関心を持つ私の魂は、この宇宙のはるか昔の霊魂を受け継いで今があるのかもしれない。

 もう十数年前だっが、私の教団が人工衛星を借りて、会員のメッセージを宇宙に託す事業があった。私はすかさず、こう書いた。

 ”プレアデス星人の意思が私を救いますように!”

 これからの世の中はいまだかってないスピードで変革するであろう。その変革に自分の魂がついてゆけるか否かは、その人の意思(魂)が決めてくれる。 

2008/07/14(月)


サミット
 主要国首脳会議(サミット)が洞爺湖で行われ、今最も緊急の課題である地球温暖化問題で、2050年までに世界全体の温室効果ガス排出量を半減させることを共有するとした。

 だが早くもアメリカで異論が出ている。環境保護局が経済活動などの悪影響があるとして「不適当」との見解を発表したのだ。

 またこの問題は中国やインドなど発展途上国では、先に文明の恩恵を受けた先進国が真っ先に実施すべきだとの異論がでて、温暖化対策の困難さを露呈した。

 私は2050年という向こう42年もの長い先のことについて議論することに異議を感ずる。それはこの地球がそれまで持たないと思うからだ。

 この地球は既に相当のダメージを受けて、その影響は日増しに増幅しつつある。例え先進国が少しの削減をしても、発展途上国の増加は目に余るものがあるからだ。

 それに先進国でも、例えば日本においても京都議定書で掲げる1990年より6%削減する約束は困難を極めている。

 ブラジルの夢予言者「ジュセリーノ」は言っている。2043年には世界人口の8割が消える。これは温暖化の影響だけではない。地軸が移動してこの地球が劇的に変化するのだ。

 もう遅いかも知れない、と思うのは私だけであろうか? これは人類が進化するための試練だと思う。殺し合い、奪い合い、憎みあい、傷つけあい、そしてとどめを知らない環境破壊、その原因は何であろうか?

 それは人が愚かなためである。科学と技術は人の力を無限に拡大したが、同時に殺戮と搾取、憎悪と闘争をも無限に増大させた。

 行く着く先は知れたものであろう。それは人類に智慧がないからである。霊性がないと置き換えてもよい。霊性を持った人の知的能力はどのようなものであろうか? それは、

1.第四次元の理解
2.複雑な全体をとっさに把握する能力
3.第六感の獲得
4.無限に発展した道徳意識の保有
5.特に我々の悟性には不可解な精神的特質
        (以上、間脳思考より)

 もはや人間を超えた超人ともいえる存在であろう。それをホモ・エクセレンスという。人類がこのような飛躍を迎えない限り、この世はいずれ消滅の運命を迎えることになるであろう。

2008/07/13(日)


また医者のお世話に!
 昨日は事務所の当番で朝から出かけてみたが、体調が極端に悪い。胃の上、みぞおちに鈍痛があり、胸が圧迫されたようで気持ち悪くてしょうがない。

 そこでたまらず、Y子に無理を言って事務所を後にした。一日勤まらないと判断したからだ。急いで帰りの電車に乗り、家へ着くと12時だった。

 これは医者の厄介にならねば解決しない。すぐに近くの総合病院へ電話する。お腹が痛くてしょうがないと懇願すると、すぐに来てくださいという。

 救急処置室でベッドに横になり、医師の診察を受ける。ここ3,4ケ月で健康診断を受け、身体のほとんどを検査していた。検査結果は異常なし。だが、今は腹が痛くベッドに横になっている。

 2ケ月前に胃の検査を受けたのに、どうしてまた胃が痛くなるのだろうか? 診察した先生は胃薬を混ぜた点滴をしましょうという。どうも胃潰瘍の疑いがある。いや、がんかもしれない。

 胃はストレスに敏感だ。私の場合ストレスに弱いので、毎年この胃潰瘍を再発する。どうも今度も胃潰瘍のようだった。10日ほど前から次第に調子が悪くなり、神経症のせいにしていたが、これはほぼ胃潰瘍に間違いない。

 帰りに薬をもらい、病院を後にしたが、一度発症するとすぐには直らないのがこの病気。これからの一週間は特に忙しくなる時期にだ。

 20日には神通川の河川敷で空襲犠牲者の法要を行うための準備で、やらねばならないことが沢山ある。困ったことになった!

 胃は健康のバロメーター。ここ4ケ月ばかり、いろんな心の葛藤で悩んできた結果かな? 小さなことでも針小棒大に考えてしまうのが私の短所。私はまだこの病気から開放されない。

2008/07/12(土)


クライマーズ・ハイ
 クライマーズ・ハイ? 一体、何のこっちゃ? だが、あの史上最大の航空機事故、御巣鷹山の映画とある。

 今日は家内の誕生日、二人で出かけて食事でもしようかと思っていたが、別にうまいものも食べたくないので映画でも観ようかということになった。

 さて、今、どんな映画が上映されているのだろうか? 家内がインターネットで検索している。

 「父さん、洋画にする? それとも邦画? 邦画なら今、クライマーズ・ハイが上映されているわよ。」

 私は題名を言われてもピンとこない。クライマーズ・ハイって何のこと? 結局二人でこの映画を観に行くことにした。家内の誕生日を祝うにはささやかなものだった。

 シアターでパンフレットを手にする。ベストセラー作家横山秀夫の最高峰、待望の映画化とある。あの「半落ち」の映画は私も見た。

 1985年8月12日、日航123便のジャンボ機は群馬県の御巣鷹山に墜落し、死者520名、奇蹟の負傷者4名を出して、史上最大の航空機事故に発展したことはご存知のとおり。

 「クライマーズ・ハイ」とは登山時に興奮状態が極限までに達し、恐怖感が麻痺してしまう状態とあった。

 映画のあらすじはこの大事故が発生した一週間を、地元新聞社のデスクで展開される極限のスクープ合戦だった。

 この事故の全権デスクに任命されたのは、組織から一線を画した遊軍記者だった。その全権を任された記者と社内の組織を構成する上司、部下との葛藤! 私も45年のサラリーマン生活を送ってきた関係上、痛いほど彼の心が分かる。

 世界でいまだかったない航空機事故をスクープする新聞社のデスクは過酷だ。24時間があッというまに過ぎてゆく。その間、新聞のトップをどう飾るか! モラルとは? 真実とは? 新聞の使命とは? 読者に命の重さをいかに伝えるかで葛藤が起きる。

 全権に指名された記者はロッククライミングを趣味とする。しかもその時、仲間と岩登りに行くところだった。

 岩登りは一瞬の気も抜けない。岩にハーケンを打ち込み、総てを命綱に賭ける。私には到底理解できない岩登りだが、その緊張感の極限をクライマーズ・ハイと言うのだそうだ。

 私はこれほどまでの緊張感で仕事をした覚えはないが、それでも2000人の労働者を災害から守る管理職の長についていたとき、ある種の感覚を得たものだ。

 労災事故は絶対に起こしてはならないという使命を任されていたからである。だが何度も災害の現場に出くわした。その悪夢が今もよみがえる。

 世界最大の航空事故、あの御巣鷹山の事故から23年がもうすぐ来る。犠牲になった有名人も多く、犠牲者には深く哀悼の意を表したい。

 家内の誕生日が映画鑑賞になってしまったが、それで満足。何もうまいものを食べて祝うだけが誕生日でない。二人が健康で仲良く生活できるだけで幸せなのだ。

 私も家内も老人の仲間に入ったが、ささやかに日々の生活が続く。お互いの健康を祝し、末永く生きたいものである。

2008/07/11(金)


ときちゃんが来た
 昨日は私の事務所へ”ときちゃん”が来てくれた。何と45年ぶりの再会だった。前にも書いたが、私が23,4歳の青年のころ、同じ職場で一緒だった。
 彼女が結婚して職場を離れると、以来音信不通、どこでどんな生活をしているか全く知らなかった。

 縁とは不思議なものだ。お互いにホームページを持ちインターネットを楽しむ関係上、彼女はある写真の撮影場所を検索しているとき、私のHPを見つけたという。

 彼女は町の中心部に住んでいた。私の家からも近い。そこで再会となったものだが、会った途端、過去の”ときちゃん”と全く変わっていない姿があった。

 ときちゃんも言う。

 「中村さんもあのときと同じね!」

 再会した懐かしさに話が弾む。彼女は登山が好きで、若いときから職場の仲間と登山をしていたようだ。私はまだそのときは趣味もなく、仕事だけがとり得の完全な仕事人間だった。

 こうして退職し暇な時間がでてくると、いままでやりたかったことがしたくなり写真を始めたものだが、写真の原点は山岳写真だった。

 山に登り雄大な景色を眺めながら写真を撮る。そのときの心は無我になる。写真を通じて見える景色しか目に入らない。この娑婆世界のドロドロした姿が消えて、大自然のいぶきが心を揺さぶるのだ。

 おそらく”ときちゃん”もそんな仲間の一人なのだろう。話は会社での話や山登りの思いでが中心だった。勝気な”ときちゃん”はほとばしるように話始める。

 楽しいひと時だった。彼女は若いとき苦労した分、今が最高の人生だという。そして人間とは一生を通じて考えれば、案外公平なものではないかとも言う。

 山あり谷ありの人生でも、いつかは報われるときが来る。それが今の”ときちゃん”なのだろう。私とほぼ同じ年齢なのに、まだまだ高い山に登る彼女。一体その原動力はどこから来るのであろうか?

 この世は魂を磨く修練の場だ。いろんな人生を経験し、いろんな人々との出会いで心を磨く。彼女は登山だけでなく、社会奉仕運動にも熱心だ。

 この27日(日)には、富山大空襲を語り継ぐ会の63周年の行事があるという。私も誘われたのでぜひ参加したい。その前の20日(日)には、私達の空襲犠牲者を供養する「富山大空襲犠牲者成仏供養護摩法要」を、一番悲惨な現場だった神通川の河川敷で行う。

 悲惨な空襲を語り継ぐ会やその犠牲者を供養する法会、それはなんとも不思議な縁だった。ときちゃんとは前世から何かの縁で結ばれていたのかな?

2008/07/10(木)


総ては神仏の意のままにA
 最近腹の調子が悪い。みぞおちに鈍痛があり、胸が圧迫されたようないやな気分が何日も続く。また例の持病がぶり返して体調が芳しくない。

 薬を飲んでもあまり効果がないので、心配になってきた。もしかして内臓に悪いところがあるのではないだろうか? がんかも知れない。自分で勝手に判断できないので、昨日は家内を誘い近くの病院へ行って検査をしてもらうことにする。

 最近、健康診断を受けて肺や胃、眼底検査や心電図など主な検査を終えて、異常なしとの結果をもらっているが、こうみぞおちが痛くなるとさすがの私も心配になる。まだ生きて成したいことがあるからだ。

 内臓の検査はエコー(超音波検査)にする。寝台に寝て若い女性の検査技師が画像を見て、要所要所で写真を撮る。かなり長い時間がかかった。

 そして内科の医師の判断を仰ぐため、診察室へ入る。エコーで検査できる部位はすい臓、胆嚢、脾臓、腎臓、膀胱などの臓器である。

 「そうですね。ここがすい臓です。少しふくらみがありますね。もしかして悪性のものかも知れないので、再検査が必要です。後日MRIをやりましょうか!」

 「そうですか? やはりおかしいと思っていました。私はがんなのでしょうか?」

 「それは検査してみなければ分かりません。この状態ではかなり進んでいるようですよ。」

 私は観念する。きっとがんだろう。すい臓がん! あと余命はどれだけだろうか? それまではどのように生きたらよいのだろうか?

 エコーの写真を見た医師が説明を始めた。ここが肝臓で、ここが脾臓です。そしてここがすい臓!・・・!

 私は平然としていた。昨日も書いたが、どんな結果がでようが、総ては神仏の思し召すままに!
 
 「中村さん! 全く異常ないですよ! 内臓は総て健全です。」

 何! さっきすい臓がんと疑われたではないか? 

 すみません! それは3年前検査した時のことで! 3年経って私は少しは進化しました。死に対する思いに執着しなくなったのです。

 3年前の時はうろたえて、生きた気持ちがしなかったのに、今はどんな宣告をされても平然とした気持ちになれる。私は確実に生への執着が薄らいだ結果でしょう。

 それはあの五次元文庫の「五次元入門」が相当私を進化させたようです。この娑婆世界や宇宙の仕組み、高次元の意思というものが克明に分かったからです。

 神仏は高次元の意思です。魂と言ってもよい。その完成された究極の意思に近づくことが私の使命なのですから。人類の目的は霊性を得て魂を進化させる。それを得るためには何度も輪廻転生しなければなりません。

 私はまだその途中に位置しますが、目的をはっきりわきまえたことにより、恐れることはなくなりました。

 「総ては神仏の思し召すままに!」 魂の進化に向かってつき進むとき、この言葉が私を奮いたたせてくれるのです。

2008/07/09(水)


総ては神仏の意のままに
 バリバリ!ドスーン!と、稲妻が光るとともに轟音が響き雷が落ちた。すごく近い。それがまた立て続けに落ちるのだ。久しぶりの雷だった。

 雨音が激しく、閃光が止まない。ついに目が覚めた。時に午前2時10分。轟音が響くと家が震動する。もしやして直撃を受けないだろうか? 一抹の不安がよぎるが、自分の心は平穏だった。

 雷が爆竹の音に聞こえ、祭りの花火のようだ。なぜだろうか? 今まで経験をしたことにないようなこの平然とした気持ち! それは心が達観できたからだろう。

 30分ばかり続いたことだろうか。やがて雨音が激しくなり、さしものの雷も静まってきた。すぐにまた眠りに入る。

 自分でも不思議だった。これほど自然災害の恐怖に達観できることが、何とも不思議だった。今は地球規模で災害が多発し、その多くは甚大な被害を被る。

 いつどこで、どんな災害や事件が待っているかだれも分からない。だがそれが平然と受け入れられる。自分でも不思議な心境になったものだ。

 総ては神仏の思し召すままに! こう達観できれば恐れるものは何もない。人の運命は最後は天が決める。天の意思がその人を評価するのだ。

 昨日は同席したH子も言っていた。

 「中村さん、私はもう恐れることはなにもないのよ! 自分が精一杯の努力をしたら、あとの運命がどうなろうと神仏が決めることなのだから。」

 お見事である! 自分の信念に従って無我の境地になるとき、自分の行く先は総ておみ通しの天が決めてくれる。自分はただその意思に従うのみなのだから。

 私も次第にそのような気になってきた。この世の中がどのように変革しようが、どんな運命が待っていようが、自分が信ずる神仏が決めてくれる。

 この宇宙は多次元世界だ。高次元の意思を持つ進化した魂は無数に存在する。その進化した魂に近づこうと努力するとき、必ずその魂の意思が私の運命を決めてくれる。

 私はただその意思に近づこうと努力するだけ。

 「運命は自ら招き、境遇は自ら造る」

2008/07/08(火)


犠牲者への供養を!
 ときちゃんと文通ができて、昨日はこの7月20日に行われる富山大空襲犠牲者の供養法要にむけて、一般の家庭から供養を勧進する托鉢行に仲間3人とでかける。

 昭和20年8月2日の未明、富山市は米軍の空襲を受けて壊滅した。市内の99,5%が焼失し、犠牲者は2737人、負傷者は約7000人とある。当時の富山市民は約127,000人であったから、その被災率は全国最大のものであった。

 富山市の中心部で一番被害の大きかった地区を一軒一軒訪ねて、供養の護摩木に名前を書いてもらう。1本100円の供養料だが、尋ねる家のほとんどが供養に応じていただいた。

 そして戦争の悲惨な話や、逃げ惑った経験のあるお年寄りと面談し、その時の状況を克明に話される方に感銘を受ける。

 戦後63年の歳月が過ぎて、戦争の悲惨さを知る人は少なくなった。特に被災者が高齢で次々と亡くなると、若い人は関心がなくなり、その伝承が急務となる。
 
 ときちゃんのHPにはその伝承活動が掲載されている。彼女自身、母親を敵の焼夷弾で即死させられた経験から、「富山大空襲を語り継ぐ会」のメンバーとして絵本を作り、小学生など学校関係を回り、語り部として公演されている姿が動画で載っていた。

 家々を勧進して2軒だけ断られたが、皆さんが私と同じ犠牲者へ追悼の意を表され、中には千円札を出されてどうかこれで供養をお願いしますとある。

 このたびの富山大空襲で犠牲になった方々の供養は、総て私達の追悼の菩提心から行われる。だからその実施の経費や準備にかかる人的負担は総てボランテアなのだ。

 そして一般市民からも、追悼の意を頂戴する。苦しんで亡くなった人々を釈迦の成仏法で供養する。これほど死者への追悼の意はないであろう。

 非業の死を遂げた死者を成仏させることは、とりもなおさず自らも恩恵を受けるのだ。なぜか? その答えがここにある。

 運命は反復するからである。「霊の鎮めなくして国土の鎮めなく、霊の安らぎなくして家庭の安穏繁栄は望めない」

 これが私達の信条である。この犠牲者への供養が私達を守り、郷土を守ってくれるのである。私はそう信じたい。

2008/07/07(月)


ときちゃん
 昨日、私の掲示板にTokikoと名乗る女性から書き込みがあった。書き込みの内容からすぐに、あの”ときちゃん”だと分かった。実に久しぶりだった。

 私がまだ独身で23,4歳のころ、山の発電所に勤務していたとき、折からの高度成長で電力の不足を補うために富山市に火力発電所を建設する計画が持ち上がった。

 私は電気屋でないのですぐに転勤願いを出して、この巨大な重油火力発電所へ転勤することになった。その建設に従事するためである。

 広い田んぼを埋め立てて整地した建設用地には、すでにボイラの鉄骨が組み立て中だった。そのプレハブ仮事務所で勤務していた時の事務員が”ときちゃん”だった。

 くるくるの目をした、どこか都会の風貌を漂わせた美人で、田舎育ちで山奥の水力発電所しか知らない私には、まぶしすぎるような人だった。

 その”ときちゃん”が何と45年ぶりに私のHPを見つけ、書き込みしてきたのだ。この間、全く音信不通。彼女の安否は知る由もない。

 ネットとは不思議なもので、彼女も写真や絵に趣味を持つため、富山市八尾町の奥にある白木峰(1596m)を検索したところ、私のHPを見つけたという。

 白木峰は私も何度か登り、写真を公開している。その関係で検索で引っかかったのだろう。まさか便りがあるとは夢にも思わない、私は驚きの一言だった。

 それから早速掲示板やメールで近況を話し、彼女が富山大空襲を語り継ぐ会のメンバーだと気づく。実は私も富山大空襲の犠牲者を弔う法要を企画している関係から、早速彼女に連絡を取ったのだった。

 当時の職場がありありと思い出される。まだ23、4歳だった私も彼女も「新風は火力から」の合言葉で活き活きしていた。この45年の長さはもう私を老人と呼ぶ歳にしてしまった。

 だが、こうして文明の利器を使い、いながらにして文通できる世の中になるとは誰が想像しただろうか? 一度、お会いし、45年の時の流れと人生を語り合いたいものだ。

 彼女は登山が好きで、今日は旧利賀村と八尾境にあるの金剛堂山(1650m)へ登るという。彼女のHPには登山の様子や高山植物の美しい花が沢山載せてあった。

 それに富山を紹介した数々の写真も。私と意を同じにする彼女の旺盛な登山暦にも驚かされる。

 行っていらっしゃい! 金剛堂山へ! そして帰ってきたら土産話をたっぷり聞かせてくれないか!

2008/07/06(日)


東海北陸自動車道
 東海北陸自動車道が全線開通した。あしかけ36年、最大の難関は日本で二番目に長い飛騨トンネル(10.7km)だった。これで太平洋と日本海を結ぶ列島中央の大動脈は、物流、観光などその経済効果をフルに発揮することができる。

 その一番の恩恵を受けているのは実は私かもしれない。私のふるさと五箇山、昭和15年生まれの私は日本の秘境と呼ばれた五箇山に生まれ育った。

 周囲を1500mの山に囲まれ、江戸時代は加賀藩の流刑地として名高いふるさとに、一本の高速道路がついた。道路は富山県第二の大河、庄川に沿って登る。私の家は五箇山ICより少し下流だが、それでも富山から約1時間あまりで行くことができる。

 私の生まれた時代は開戦前夜で、世の中は戦争に突入する暗い時代だった。だが早くから電源開発にために道路が造られ、木炭自動車が急な坂道をあえいで走っていた。

 公共の乗り物はまだなく、町へ出るのも半日かけて峠を三つ越える山道しかなかった。海抜750mの峠を越える峻険な道は、冬には困難を極め、町の高校へ入学した私は帰郷の際、深い雪道で遭難しかかったこともある。

 そんな山で育った私を育んだのは温かい家族と友達、村人だった。熊と穴熊、狸とウサギと同居し、ブナ林の中で生活していた私を育てたのはこの大自然の環境だった。その少年時代に経験した感情は、エッセイ「風景写真との出会い」に書いたとおりである。

 その五箇山に高速道路が開通した。昔は5時間をかけて歩いた峠道も、今では車で一時あまりで行くことができる。だがこの五箇山も時代の変遷を受けて大きく変わった。

 合掌集落が世界遺産になり繁盛する反面、遺産のない地区は閑古鳥が鳴く。そして村人は高齢化し、空き家が増えて村の維持ができない限界集落が出現した。

 私の集落は国道に面しているため、それほどの影響はないが、それでも将来は分からない。昭和29年に300年続いた合掌家屋を解体し、その廃屋は豆腐屋の焚き物になった我が家は、今では建て替えて立派にしたのに人の住まない空き家になってしまった。

 五箇山の庄川に沿って点在する集落は、観光目的の人にしか経済効果を表さない。私の家のように合掌家屋が1軒もない集落は単に車の素通り地でしかない。

 ここでは観光以外に生きてゆけないのだ。昔から出稼ぎと炭焼きが産業だった地は総て崩壊した。だから私は山を捨てて町へ出るしかなかった。

 今はもう山へ帰る気はない。ただふるさとの景色と人情は今も残るので、時々懐かしさと家の様子を見に帰るだけだが、この家もいつまで持つか。

 今年もまたお盆がやってくる。3人兄弟の私は名古屋で暮らす二人の弟と、生まれ育ったこの我が家で再会を期すことが一番の楽しみなのだ。

 名古屋からの距離は飛躍的に近くなった。米原回りの北陸道より65km、トラックで35分も短縮されるという。あの少年時代のよき思い出を胸に、今は文明の利器、マイカーで田舎の家へ行こう。

 高速道路は私と弟達が待っている。昔は予想だにしなかった道がついて、一番恩恵を受けるのは私かも知れない。運命は全く予知できない姿で私を迎えてくれる。

2008/07/05(土)


不思議な話をするM子さん
 昨日は昼食の後、M子さんと話し合った。M子さんはいつも不思議な話をする。霊感が強く、よく亡くなった人の姿を見るという。

 「M子さん、この前、夢である男に心臓を刺されそうになった夢を見てね。すごく恐ろしかったよ。」

 「そう! 私もいろんな夢を見るのよ。この前なんか斉の河原へ行ってきたのよ。こんな話をすればみんながバカかきちがいかと思うかもしれないけど、本当の話よ!」

 「へぇ! すごいなぁ! それで斉の河原はどんなとこだった?」

 「そうねぇ! すごく広い川幅で青い水がゆっくり流れていたわよ。まるでアマゾン川みたい。でも遠くで轟音が聞こえるのよ。滝ね! あのイグアスの滝のようなもので、膨大な水量の水が一度に落ちるさまは総観だったわよ!」

 「そうか、どうりで死んでもこの川を越せないわけだ。川の向こうは冥界か霊界で心休まるところなのにね。」

 またM子さんはこのようにも言う。

 「中村さん、まだあるのよ。私は神界も見てきたのよ。高い山を登り、神殿のようなところに多くの巫女や古代の神様がいてね。スサノオノミコトにも会ってきたのよ。まるで宇宙の隅から眺めているみたいだった。」

 M子さんはよく夢を見るようだが、夢はどれも神仏や親しい物故者のようで、恐ろしい夢は見たことがないという。

 私は言う。
 
 「M子さん、それはM子さんに神仏が憑いているのね。霊感が強いから神仏がいろんな場面を見せてくれるのじゃないかな? すごく徳がある証拠だろうね。」

 事実、昨日は道場で不思議な現形(げぎょう)があった。現形とは自分の意図していることが霊界の力により現物の姿となって現れることをいうが、昨日のは不動明王が現形となって現れた。

 ローソクに火をつけると不思議と蝋が燃えきらないで、熱により蝋が垂れ下がってきた。それが固まってある姿を現すのである。別に不思議なことではなく、道場ではよくあることだが、今度の場合は誰が見ても不動明王そのものの形だった。

 ある長さになって固まった蝋がポトリと落ちたので、拾ってみるとよく目にする不動明王そっくりだった。右手に持った剣まで形を作っている。

 M子さんは知らぬ人に話せばバカにされると軽々しく言わないが、これは事実である。世の中には霊感の強い人も多く、霊界の存在をいやがうえにも認めさせようとする。

 だがそれを本当かどうかを疑い、あざけ笑う人も多い。霊界は確実に存在する。それは日常の生活と表裏一体なのだ。あたかも紙の裏表のように!

2008/07/04(金)


品格
 3年も前に書いた世界遺産への落書きで、ある野球部の監督がクビになった。昨夜はこの点を取り上げ、最近テレビでも各所で落書きが多いと嘆いている。

 たかが落書きというなかれ! 世界遺産ともなれば、自然の保存が第一なのだ。落書きする人はそれほどの罪悪感はないだろう。何かの記念にと軽い気持ちで書いてしまう。

 昨日はH子が嘆いている。

 「あの人に品格がないから認めてもらえないのよ。経験豊富な技能があっても体面や人柄で勝負は決まるのね!」

 重要な責務につく場合、それなりの品格は必要だろう。ただ単に技能や経験があるだけでは認められない。そこには人に恥ずかしくない行動パターンがある。

 H子が言う人は自分の服装や礼儀に無頓着だ。例えば重要な式典に参加する場合、それなりの服装と振る舞いが必要となるが、普段着で堂々と来賓の中に混じろうとする。それは権利があるからだけの振る舞いなのだ。

 私は人前に出る場合、日頃の服装にも気を配る。服装は人目でその人を見通す心の鏡でもあるのだ。別に上等な服を着る必要はないが、丹精で相手から良い印象を得ようとする心構えが人格をあげると判断する。

 H子は言う。

 「あの床屋さんは変わり者ね。床屋なのに顔一面にひげをはやしてみたり、つるつるの坊主になってみたり、それに腰にポーチをつけて歩き、迷彩服のような格好で服装には無頓着なのね。」

 この床屋さんは私も知っている。50代の彼は恐らくファッションのつもりなのであろう。それはそれで良いのだが、やはり人前ではそれ相応の服装というものがある。

 人は第一印象で物事を判断する。その第一印象は姿なのだ。いつも家内に姿勢が悪いと叱られる私。容姿を批評され、出る幕のない私でも服装には気を使う。

 品格とな何であろうか? 品格とは単に外見だけの振る舞いではなく、その心の奥底から出てくる気遣いで勝負は決まる。その人柄を決めるのは日頃の心の持ち方なのだ。

 慈悲の心、利他愛の心ほど人を愛しむ行為はあるまい。だがその愛も「盲愛・溺愛・貧愛」になり、それが嫉妬にでもなればそれは利他愛とはいえない。

 「人は鏡」 私は常々、この格言を肝に銘じ、自分を戒めているのである。 

2008/07/03(木)


奇蹟のシンフォニー
 今日は久しぶりに家内と映画を観に行く。題名は家内が選んだ「奇蹟のシンフォニー」。本年度アカデミー賞主題歌賞ノミネートとある。

 11年と16日、施設で育った少年が、孤独を耐えて父母に会いたいとニューヨークへやってきた。何一つ手がかりがない毎日だが、触れ合う人々や生まれて初めて手にした楽器の数々が彼の運命を変える。

 ストリートで無心にギターをかき鳴らし、あふれる両親への愛を音符に託し、必ず会えると信じる。父はギターリスト、母はチェロの名手。二人の音楽家の間に生まれた彼は少年ながら非凡な音楽の才能を発揮する。

 路端でギターを奏でながら日銭を稼ぐ毎日だが、ひょんなことから音楽院長の目にとまり、少女の引くピアノから楽譜を教わり、作曲でも非凡な才能を発揮する。そしてオーケストラを前に自前の曲を指揮する。大観衆の中、探し求めた両親と運命的な再会を果たし、映画は終わる。

 映画では40数曲の歌や曲が演奏され、私の好きな曲もあった。さすが主題歌賞としてノミネートされる映画であろう。

 この映画を観て私は思う。夜に天才と称され、社会の発展に貢献し、人々に喜びを与える人も多いが、平凡な人生や社会のクズとして犯罪を犯し邪魔者として人生を終わる人もまた多い。

 人の運命はさまざまだ。なぜであろうか? どしてその差はできるのであろうか? 賢者と愚人! その差はどうして生まれるのであろうか? 

 思うに、その差は人の前世にあると思う。今だけではとうていこの差は説明できない。

 私は今まで数限りなく人の運命を説いてきた。人は輪廻転生すると! いわゆる因果応報、因縁果報の真理である。人の才能もしかり。

 人の持つ才能は自分の前世で成した徳により生じ、その徳を継承する徳のある家に縁があり自分が誕生する。どんな人でも先祖なくして存在しない。親、先祖からさまざまなものを受け継いで生まれる。

 顔かたち、性格、体質、その他もろもろのものを受け継いで生まれるのである。能力、才能もしかり。

 もし自分が何のとり得もない平凡な自分であってもかまわない。今を大切に、世のため人のためにと思い、生まれ持った自分の特技を伸ばそうとするとき、次の世が自分を磨いてくれる。少なくとも今の比ではない、次の世が自分を引き立ててくれる。

 そう信じて自分を奮い立たせるのだ。私もこれと言った特技も才能もないが、せめて次の世があるとすればその世で自分を究めたい。それは魂の浄化であり、進化でもあるのだ。
 
 少なくとも今よりも進化した自分があることだけは確かであろう。

2008/07/01(火)

My Diary Version 1.21
Written by 中村邦夫 CGI提供じゃわ