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■夫婦愛
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昨日はあるご婦人に頼みごとを言ったらすぐに拒否された。それが断る言葉がすごくきついのだ。
「00さん、これお願いできないかな?」 「それはわたしのやることじゃないでしょう!」
別に誰がやっても良い仕事なのに、まるで私の心臓を出刃包丁でグサ!と、突き刺すように言う。私はこのご婦人が好きなだけにお願いするのだが、その答えがこれだ。
これ以上プライバシーの関係で言えないが、このご婦人とは宿曜経でいう破壊星の関係にある。私がこのご婦人から破壊されるのだ。
多感な私の心中はおだやかでない。こんなことは過去何度もあったので気をつけていたが、昨日はまたやってしまった。だからこのご婦人とは顔を合わせないようにし、話も最小限にとどめているのだが!
すぐに私は帰途に着く。家へ帰れば家内が待っている。昨日も書いたが、家内は口やかましく私をコントロールしようとするが、何の違和感もない。子供が戯れているように、むしろ私がコントロールされるほうが心地よい快感まで覚えるのだ。
あの人とは生まれ年は同じだが、対照的に私は家内から癒しを受ける。毎日が話題に事欠かない。その日に起きた出来事はお互いに語り合うし、私も何かと語りかける。
まるで恋人同士のように、お互いの立場を理解し、お互いの考え方を尊重し、お互いに干渉しない。だから家では一切の波風は立たないし、楽しく平和に暮らしてゆける。
外で何が起きようが、家へ帰れば傷ついた心も癒される。こんな夫婦の関係を私はなにより感謝するのだ。だが長く連れ添った夫婦でも外に刺激を求めたくなるときがある。
そこをどう調整しバランスをとるかが問題なのだが、このようにつれない返事をもらうと、これも深入りしない天の定めと受け止められるのだ。
一昨日は金沢に用事があり、午後11時半ころ家へ帰った。玄関で待っていた家内が、
「父さん、どうしたの? 交通事故でも起こしたのじゃないかと心配していたのよ。」
このように私の事を心配してくれ、気遣ってくれる。家内はまた旅行を計画している。今度は東北一周の旅なのだそうだ。旅行が趣味の家内は九州旅行が済んだと思ったらまた東北だという。
人生、好きなことができる楽しみは格別だ。別にオレを誘わなくてもよいよ。オレはまた別の楽しみを持っているのだから。
2008/08/31(日)
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■小言
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家内とのプライバシーは必要最小限に納めようと思うが、またまた書きたくなりました。
「父さん! ハイ!顔洗って! 朝起きたら顔を洗うものよ!」
「わかっているよ!そんなことぐらい! 朝からまた小言かい!」
起きてすこし用事があり、洗面所へゆく時間が遅れたらこの指摘です。
「お参りまだ? わすれているんじゃないの? 早くしてよ!」
家内は私の仏壇にお参りする時間まで管理しようとしています。自分は信仰心がなくお参りしたこともないのに、私だけに細かく指図するとはどういうこと? 「ちょっと待てよ! 今これをしてからお参りするんだ! つべこべ言うなよ!」
少し怒りをあらわにして口答えをしますが、反論はここまで! 家内に弱い私はいつも家内の言うままです。それ以外は私を大切にしてくれ、よく気のつく女房ですから。あまり反論すれば晩飯を作ってくれなくなるかも?
三壁木星、未歳の女はきれい好きで口やかましいのが特徴。今日の日記を家内に読まれたらヤバイ!かな? それは覚悟の上で書いています。
2008/08/30(土)
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■間違っているよ!
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インターネットを楽しんで7年ほどかな? 写真を撮り始めて5年もすれば相当の枚数が溜まる。その中には傑作もあるので何か活用できないかと考えたのが自分のホームページを持つことだった。
幸い嫁いだ娘がITに強く、すぐに私のHPを作ってくれた。当初写真だけのHPだったが、写真だけではつまらないので何か継ぎ足そうと考えたのが、このよもやま話だった。
写真を撮った思い出を小話にするのが目的で、よく撮影記を載せていたが、次第に物足りなくなって今度は自分の信条や思いを継ぎ足していった。今ではこのよもやま話も2350話となり、自分でもよく続いたと思っている。
載せる話で一番の話題は私の夫婦関係のようで、これを読んだ友人が一番面白いという。人のプライバシーは確かに興味があるのだろう。
あまり露骨な秘密を書くわけでないが、それでもついうっかりと家内の関係を書く場合もある。通常家内は私のHPを見ない。だから私も安心して書くわけだが、先日思わぬ言葉が返ってきた。
「父さん、変なこと書いて友達に筒抜けよ! あまり私のこと書かないでよ!」
私は自分のHPを名刺にして持ち歩いている。だから機会あるごとにこの名刺を渡すのだが、家内にも渡しているのでよく宣伝のために渡すそうだ。だから家内の知り合いも私のHPを覗いているらしい。
今日はまた別の指摘を受けた。
「父さん! よもやま話の日記、誤字や脱字が多いよ! そことここ! 間違っているよ!」
そうです。私は国語は赤点だったから、漢字を知らないの。インターネットの書き込みは便利なもので、入力すれば辞書と一緒だからどんな漢字を載せるか何でも選択できる。
誤字脱字で笑われるのも私の学力の無さ、もう歳だからと歳のせいにしてごまかすかな! だがこの日記は私の生き様を記録に載せるためでもあり、文才の無さはどうかご容赦願いたい。
これからも家内とのプライバシー、益々佳境に入ります。乞う! ご期待!
2008/08/29(金)
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■偶然と必然
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「世に偶然はない、それは総て必然なのだ」これが私の持論である。一昨日の車の追突事故もしかり。あの秋葉原の通り魔事件で刺されて亡くなった7人も必然なのだ。
事故に遭うのは偶然かもしれない。だがその結果は必然なのだ。いろんな出来事は遭うべくして遭うのであり、遭う因を積んできたから遭うことになる。
秋葉原の通り魔事件は7人に何があったというのだろうか? それは「横変死の因縁」があったということである。人は事件があった今でしか物事を考えないが、このように死までに至ることの原因は過去世を考えなくして成り立たない。
人の誕生は数え切れない先祖がいたためであり、人はその先祖と自分の因が絡んでこの世に生を受ける。その長い輪廻の間にはいろんな原因となる因を積んできたであろう。
その結果が横変死という結果になっただけなのだ。ひるがえって私の追突事故は偶然だろうか? 確かに事故に遭ったことは偶然だったかもしれない。だが、その結果は必然だった。恐らくこの女性とは前世で何かの関係があったのであろう。
詳しく話そう。結論は私にケチの因、すなわち餓鬼界の因縁があったためである。物事をケチる、惜しい、出し惜しみ、骨惜しみ、負け惜しみ、減り惜しみなど無慈悲の心があったためである。
私は先日呉羽の梨を仏様にお供えしようと選科場へ出かけた。しかし、呉羽の梨は高くて手がでなかった。1個250円はする。私の予算はせいぜい150円程度。やむなくスーパーで買った1個100円の梨をお供えしたのだった。
だが100円の梨は小さくて見栄えがしない。あまり貧弱すぎて仏様に失礼だと感じながら、まぁ!良いかと妥協した。お供え物は信者の喜捨なので私が金銭を心配する必要はない。だが予算を預かる私には収支を安定させる責任がある。
折角地元の新鮮な梨を供養しようと考えた私は、ここまでは正しかったが、自分の運命的に持つ餓鬼界のケチ心が出てしまった。これが結論である。仏様にしてみれば、何でこんなお粗末な供物をくれるのか!とのお叱りの心と私は判断したのだ。
幸いにも追突事故の結果は事なきに終わった。私はこの事故で貴重な教訓を得た。私の先天的に持つ餓鬼界の因縁である。出し惜しみや減り惜しみなど、金銭についてあれこれ詮索する心を戒められたのだった。
このようにして私は仏道修行でよく自分の欠陥をいろんな出来事から知らしめられる。それはとりもなおさず魂の浄化に繋がる知らせなのだ。
私は自分の持つ運命的な欠陥、すなわち因縁を事あるごとに教えていただける。だから私はその都度反省して心を入れ替えるように努力する。まだまだ体験は沢山あるが、今起きた事は偶然かもしれないが、結果は必然だと主張するためにこの記事を書いた。
もしこの事故が大事故になり、相手が死傷したり私が怪我をしていれば、その損害は金銭のみならず精神的にも損失は計り知れない。
この私の追突事故から得た経験が読者の参考になれば、これ以上嬉しいことはない。
2008/08/28(木)
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■厄日でした
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昨日は午前中、氷見市の虻が島の写真を欲しいとメールを頂いた方が夫婦で来られ、楽しく歓談した。午後は家内と映画を観に行く。そしてその足で母の施設を訪問し、帰路に着いたときだった。
交差点の歩行者マークの標識が点滅してる。もうすぐ信号が黄色になると思い、このまま進めば黄色でも交差点を抜けれると判断した。
前を小型車が走っている。信号が黄色になった途端に前の車が急停車した。私はまじかに迫る前の車を見て、私も急ブレーキを踏む。
ギ!ぎ!と音がして車が止まった。軽く前の車と接触した感触を覚える。信号が赤になり私はすぐに車を降りて前の車の運転手に謝りに行った。
相手は無言!、振り返りもしない。後ろのバンパーを見たが損傷はない。そのうち信号が青になったので前の車が路肩へ止まり、私もその後ろに寄せた。
すぐに降りて前の運転手に謝る。だが、この40代と思われる女性はカンカンだった。降りるなり私を怒鳴りつける。そして二人でぶつかったと思われる後ろのバンパーを詳しく点検する。
傷は全くついていなかった。ただ少し過去のものと思われるペンキの痕がある。相手はかんかんになり警察を呼ぼうかという。私は否定しなかった。
どうぞ御髄意に、と返事したがこの人は警察を呼ばなかった。このペンキの痕がぶつかった証拠だと主張するが、傷ではない。しばらく言い合いが続いて相手は私の住所と電話番号を聞いた。
相手も自分の住所と携帯の番号を渡す。無傷だし、ぶつかった証明などできないので、ここで別れることにする。だが相手は私をにらみつけて、しばらく車に乗ろうとしない。
すまなかった。貴方は黄色の信号に変わる直前だから、そのまままっすぐに通過すると思い、私は減速しなかった。私が悪いのですと、謝っても相手は承知しない。
私も気分が悪い。私の過失で軽く触れたが、これほどまでに怒りの態度を示されると、以後何を要求されるか知れたものではないと思うからだ。
別れて前の車が走る後を私も走った。しばらくしてこの車はある歯医者の駐車場へ入る。私はそれを横目で見ながら家へ着いた。
家へ帰っても気持ちが安定しない。あの怒りようがすぐに私の脳裏をかすめる。これから何を要求されるだろうか? 少し冷静になって話ができれば私も気分よく謝れたものを、でも100%私に過失がある。
私の昨日は午前中はルンルン気分でも午後は厄日だった。やはり天命殺という凶運期は怖いないぁ! 私は今年の運気が天命殺と中天命殺という凶運気の真っ只中にある。そして今月と来月がまた凶運気の月なのだ。
今年の私はとにかく御難続きだ。いろんな悪い出来事がおきてお金も出てゆく。ただ大難にならないのがせめてもの幸い。やはり人間はバイオリズムのように運気のめぐり合わせというものがあることを強く感ずる。
大難を小難に! これが運を良くする秘訣だが、常に身を守っていただくお守りのおかげで今日があると思う。私は自分の信ずる神仏の加護を思わざるを得ないのだ。
2008/08/27(水)
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■幸せ
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A子さんがこんなことを訊く。
「中村さん、B君は今どうしているだろうね。音信がなくて心配しているのよ。」 「あぁ! B君なら先日会ったよ。元気だった。でもまた失業して車の代行運転で食い繋いでいるんだって。次の仕事が見つかるまでね。」
全くB君には手を焼く。仕事が長続きしないのだ。彼には大型車の運転手という特技があったが、目を悪くして長時間運転できなくなった。
それ以外はできる仕事がないから、土方や園芸師の手元など軽作業のアルバイトをして生計を立てている。もう50歳近くの独身だから、歳をとれば益々就職は不利となる。
「かわいそうだな。オレは彼を見るとすぐに哀れみの心が出て援助したくなるんだ。わずかなお金でも彼の役に立つ場合は恵んでやろうと思う気になるのよ。」
彼の良いところは恩を忘れないことだ。前にも京都へ行かねばならない用事ができて、バス代がないというので貸してあげたら3年経って返してくれた。
私は勿論返してもらおうと思ってあげたわけでないので、びっくりする。金銭については貧しくても絶対に忘れない。それほど恩義に尽くす彼にまた哀れみの心が出てきた。
何とか就職して安定した収入を得て欲しい。今望むのはそれだけだ。ここでふ!と思うことがある。世の中で経済的に苦しむほど悲しいことはないであろう。
明日の食が手に入らない。どうして生きてゆこうか。あのホームレスだって一日の食は手にしている。繁華街の残飯あさりでもすればなんとかその日の食べ物は手に入るが、プライドが許さない。
幸せだなぁ! これは私のことである。私は生まれてこの方、金銭で悩んだことがない。安定した職を得て定年を迎え、今は悠々自適の生活だから、家内と二人幸せに浸っている。
昨日はこんな会話をした。
「どうだい。これからお前と恋愛しようか。まだ人生は長いぞ!」 「嫌! 嫌! 父さんとは嫌!」
そうか! オレもお前より好きな人がいるぞ!と、言いたかったが、そこは隠してこんな冗談が言える夫婦の関係を喜ぶ。
今日は一日暇な日だ。午前中は写真のフイルムを貸してほしいというメールで問い合わせのあった人が尋ねてくる。午後は二人で映画でも観にゆくか。
2008/08/26(火)
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■ひまわり畑撮影記
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昭和30,40年代、富山県内のスキー場は子供達であふれていた。私も結婚して子供が生まれ、世の中は高度成長の真っ只中で、県内の娯楽場も人であふれていたものだ。
それが今ではどこのスキー場も閑古鳥が鳴き、経営は赤字続き。起死回生にいろんな手を打っている。その一つがゲレンデに花を植えて観光客を呼び込むことだ。
有名なのは砺波市の夢の平スキー場で、春はスイセン、秋はコスモスの原となる。南砺市のイオックスアローザスキー場でもこの時期、キバナコスモスを植えゴンドラで客を運ぶ。年々規模が大きくなり、その風景は先日のトップで紹介した次第である。
今度は新聞で富山市の立山山麗スキー場に、ひまわりが満開になったと報じていたので昨日は撮影に行ってきた。ここは私が若い頃よく通った有名なスキー場で、1200mの山頂までゴンドラで登ることができる。 ここでも春は菜の花、そして今はひまわりを植えて、少しでも観光客を呼び込み経営の足しにしている。
新聞ではひまわりが30万本となっていた。あの広いゲレンデがひまわりで埋め尽くされ、さぞ北海道のような風景が見られると思い、勇んで出かけたのだった。
約1時間で着くと、確かにリフトの周囲が黄色くなっている。人はまばら、そこで畑に近づくと、背のたけ1mほどのやせこけたひまわりが咲いていた。
密生しているわけでなく、土地がやせているので見栄えがしない。それでも今が開花のピークで少しはひまわり畑らしく見えた。
天気が悪いせいか、観光客が少ない。それでもしばらくするとカメラを担いだ人や孫の手を引いたおじいさんやおばあさんがやってくる。
看板にこの畑は企業の協賛を得て、ボランテアで種まきをしましたとある。あの40年前の冬、ゲレンデは人であふれ、都はるみの演歌がスピーカで怒鳴っていたこの場所も、35億円の負債を抱え経営に四苦八苦。
このやせこけたゲレンデのひまわり畑を見ながら、在りし日の栄華を偲ぶ。この世の何と移り変わりの激しいこと! その変化の速度は日増しに早く激しくなる。
やせてもそこはひまわり畑、この写真は追ってHPのトップで紹介します。
2008/08/25(月)
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■ワンダラー&ウォークイン
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この宇宙は多次元世界であることは何度も述べた。我々3次元の地球よりはるかに進化した多次元の世界は、この宇宙に無数にある。
4次元、5次元、または7次元と次元が上昇するともはや肉体は必要がなくなり、その意思の伝達もテレパシーで行われる。すなわち進化した魂は神仏の領域に達し、我々が想像すらできない文明と霊的文化を持つ。
この地球はまだ進化の遅れた3次元の世界であり、これからいろんな艱難辛苦を経て次元の上昇を迎えることになる。考えてもみてほしい。この世の中にはあらゆる苦が存在する。人類はその苦に直面し、右往左往しながら一生を終えてゆく。
人類はこの世に生まれた目的をどれだけ理解しているだろうか? そのほとんどが人間の肉体は仮のものであり、その根幹は霊魂であることを知らない。
人間、死んだら肉体は消滅するが霊魂は不滅だから、またどこの誰かに転生し次の生を受ける。その誰かは自身の霊魂の進化した程度による。
この地球はあまりにも物質文明を発展させすぎた。その反面精神文明は退化の一途を辿っている。この物質文明と精神文明のアンバランス! これこそが問題なのだ。
それは人々の表面意識と深層心理に絶大な影響を与える。ほとんど修復不可能なまでに人々を痛めつける。まもなくこの地球は崩壊の危機に直面するであろう。
今、この地球の危機に際し、創造主(最高位の生命体)は手をこまねいて見ているのだろうか? 創造主が総ての生命体に与えた最高の贈り物の一つが「自由意志」だ。
人類の一人ひとりがどんな未来を選択しようが、それは自由意志に任されている。だから外からの直接的な関与は神(創造主)の意思に反するのだ。
だがここに一つの救いがある。それは直接関与できなくても、間接的に人類を啓蒙するためにやってくる彼らの魂のことだ。それが今日の題名であるワンダラー&ウォークインとよぶ人たちである。
ワンダラーとはこの宇宙にびまんする高次元の意思をもつ霊魂が転生してきた人を指す。またウォークインとは地上で肉体を持っている人間の魂と入れ替わることにより転生をはかった人々である。
読者には理解不能かもしれない。だが、この宇宙の高意思を持つ霊魂でなければ、我々の考えや行動が改まることはないであろう。
まもなくこの地球は未曾有の困難に直面するであろう。それは人類のあらゆる苦難が一度に噴出し、生死の世界をさまよい、この地球が人の住めない星になっているかもしれない。
だが心配はない。死してもまた輪廻してどこかの星に生まれ変わるのだから。ただその時が問題なのだ。魂を浄化して進化させた人は、その程度に応じて次の次元の高い星に生まれ変わる。
かって釈迦がそのような人であったように!(出典:5次元入門)
2008/08/24(日)
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■呉羽梨
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富山県には果物に二つのブランドがある。一つは魚津リンゴで、そして呉羽梨。お盆を過ぎれば呉羽丘陵に梨が収穫期を迎える。
いれづも強い甘味が特徴で、高級品として路地販売や全国に出荷される。そこで昨日は家内と二人で仏様へのお供え用に梨を買いに行った。
丘陵の中ほどに大きな選科場があり、そこで買おうと思う。駐車場は満車だった。袋に詰めた梨が6個で1500円! 高いなぁ! これじゃ手が出ない。
見ると建物に沿って人が並んでいる。その数約20人。何で並んでいるのかと思い近づくと規格外の梨を買う客の順番待ちだった。
選科場だから栽培農家から運ばれてきた梨はここで屑梨を除いて大きさごとに選別され箱詰される。総ては流れ作業でベルトが幾段にも重なり自動的に選別されるのだ。
ちょうど昼の中ほどに着いたので機械は止まっていた。開始は1時半だという。待つこと1時間で多くの作業員が集まり機械が動きだした。だが規格外の梨はなかなか出てこない。
それはそうだ。機械が選別して袋に詰めるのだが、規格外の品はそれほど多くない。規格外の梨は12個で1000円。少し傷のあるものや形がいびつなものが規格外になるが、味は変わらないから客はみんなこの規格外を狙う。
待つ客は次第に増えて約50人ほどになった。約40分ほど待ってやっと袋に詰めたくず梨が出てきた。その数約20個、やっと私の番がきて家内と二人で2袋を買う。ここでは一人1袋の限定販売だ。
待つ間に地元の客らしき人と話をした。
「梨農家はこの時期にしか収入がないが、こう梨が高いと儲かるだろうね。」 「そうだよ。見てみな! あれもこれも梨御殿だ!」
梨畑のそばにいくつも新築の家が建っている。何でもそうだが、一度ブランドの名が広まると価格はいくら上げても売れないことはない。
だが、収穫まで持ってくるには大変な努力が必要なことは否めない。剪定、追肥、消毒、それに梨は自然に受粉しないから、総ては人の手で受粉させる必要がある。
後継者がいなく、梨の木を切り倒し廃業する家はあるが、新しく苗木を植える農家はほとんどない。ここでも高齢化と後継者に悩む現実がある。
昨日の新聞で北海道の農家がデモをやっていた。肥料や燃料の高騰で農業がやってゆけないのだ。食料自給率が39%の日本の農業は、今後どのような運命を辿るのだろうか?
2008/08/23(土)
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■フジコ・ヘミング
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フジコ・ヘミング! 日本人の母とスウェデン人の父を持つ天才的ピアニストといえば読者も分かるだろう。昨日は家でこのフジコ・ヘミングのCDを聴いていた。
いつからか知らないがこのCDが家にあり、何気なくかけたのがこのCDだった。私はそれまでこのピアニストであるフジコ・ヘミングを知らなかった。
「オイ! このフジコのCDは誰が買ってきたのだい!」 「あら! お父さん! 誰って私に決まっているでしょう! 私が買ってきたのよ。」
「よくこのフジコを知っていたな!」 「そうよ! 娘が以前来たとき、このDVDを置いていったの。それを見たら買う気になったのよ。」
それは「フジコ・ヘミングの軌跡」というDVDだった。私はこのフジコのピアノ曲が好きで、事あるごとに聴いている。その力強い流れるような旋律には、私の心をえぐる魂のようなものを感ずる。
かって「東洋的な哲学がある」と称され、いつかはピアノで世界を魅了するだろうと予言されたフジコのピアノ! そのフジコが名声を発するにいたる軌跡を描いた物語だった。
フジコの母もピアニストで夫と一緒に日本へ移住するが、1年で夫は故郷へ。その後母と叔母の生活が続き、日本芸術大学を経てドイツへ留学する。
幼少のころから左耳の聴力を失い悲嘆にくれるが、そこは母の鞭と持ち前の努力でメキメキ腕をあげたフジコは国籍のないことに気づく。
やむなく、赤十字の難民としてのパスポートを取得し28歳でドイツヘ。しかし、その青春時代は生活苦などの艱難辛苦が続く。カラヤンやバーンステェインなどの著名な指揮者に認められるも、体調を崩しチャンスをものにできない。
しかし、その才能は徐々に認められ、今は押しも押されもできないピアニストとして世界を駆け巡っているのがフジコ・ヘミングだ。
”特別な才能を持った人は特別な努力”が必要である。DVDを見ていて思うのは、天才はただ楽して天才と称されるのではないということだ。
天才と称される徳を持って生まれたら、それを最大限に生かす努力も天才肌でなければ開花しない。
”天才の心は天才でなければ理解できない”と人は言うが、そのピアノが何を我々に訴えているかは私にも分かる。それはその人の生き様がにじみ出るからだ。
音楽家や芸術家はひたすら努力する。ゴッホが描いた900枚の絵は、生前には1枚しか売れなかった。それでも彼は描き続けた。これは母が娘に諭した言葉でもある。
音楽は限りなく私を癒してくれる。この殺伐とした世の中で、音楽ほど自分の魂を揺り動かしてくれる芸術もない。それは写真が好きな私にも十分演奏者の心が伝わってくるのだ。
フジコ・ヘミング! 世界が産んだこの天才音楽家。先日のNHKの”この人にトキメキ”にも出演されていたが、猫背で小太りの彼女は決して上品な婦人ではない。むしろ醜いほどの容姿であるが、その心は限りなく進化している。
人を容姿で評価するなかれ! その魂だけが人々を魅了するのだ。
2008/08/22(金)
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■ハーモニカ
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家内がハーモニカの同好会へ入ってもう半年が過ぎた。毎週町内の公民館でレッスンを受けている。そしてこのたびもう発表会へ行くのだそうだ。
家内の多趣味には驚かされる。コーラスにダンス、歩こう会に手芸、認知症友の会は幹部だし、自ら作った「ゆずの会」では年寄りの拠り所として毎月一回、近くの温泉や小さな講演会や手芸などを催して楽しませている。
今回のハーモニカは一体、どんな動機からなのだろうか? 家内には音楽といった趣味は想像していなかった。昔は文学少女といわれたと自認し、今も本が好きで毎月何がしかの本を買って読んでいる。
娘が生まれ、3歳の頃からヤマヤのエレクトーン教室へ通わせたら、ピアノとエレクトーンの先生になった。今も小数の生徒を教えているが、この仕事を選んだのも私の血筋だと思っていた。
私は音楽が好きで、この日記でも何度も書いたが、昔はトランペッターとして活躍していた。その血が娘を動かしたと思っていたが、今になって家内がハーモニカをやりだすとはやはり家内にも音楽の趣味があったのだろうか。
ハーモニカは私も吹けるが、家内の吹いている姿を見たことがない。どうも私のいない間に練習しているようだ。曲に合わせて何種類ものハーモニカを用意しなければならないようで、既に4本を持っているが、どこにしまっているのかも知らない。
「オイ! 一度オレの前でハーモニカを吹いてみろよ! 何なら指南してやっても良いぞ!」 「イヤ! 絶対に吹かない!」
そうだろうよ! いくら音楽に興味があるといっても操作がすぐにうまくなるわけないよね! 私はどうみても家内に音楽的才能があるようには見えない。
昨日、外出から帰ると家の中からハーモニカの音がしてきた。家内がハーモニカを吹いているらしい。
な〜んだ! まだまだ音痴で曲になっていないじゃないか! コーラスまでやっているだから、そんな吹き方ではダメだよ。よう〜し! オレが指南してやろう!
そこでこっそり玄関の戸を開け、家へ入ると途端に家内が吹くのをやめて、ハーモニカを隠してしまいました。
もう恥ずかしがる歳でもないのに、家内は私には一度も聴かせてくれません。それなら私が聴かせてあげよう。トランペットとハーモニカは同じ吹く楽器だが、操作はまるで違う。だが私はそれが吹けるのだ。
先日も名前を名乗らない、確かA君だと思う人から掲示板に書き込みがあった。トランペットをやっているかい?
もう、随分過去の話になってしまったが、音楽が好きなのは今も変わりがない。一度家内が練習しているのを見つけたら、こっそりと隠れて聞いてみたいものだ。
2008/08/21(木)
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■DVのつづき
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昨日は家内の知人が尋ねてきた。このご婦人は何度も我が家へ遊びにきているので、私も良く知っている。風の便りに、昨日の日記に書いた夫からのDVに悩みに苦しんでいるという。
このご婦人は結婚当初から問題だらけだった。夫が酒乱で暴力を振るう。この傾向は歳をとるに従って激しくなり、思い余って一度離婚したが、またよりが戻って再婚! だが夫のDVは収まりそうにない。
家に着くなり私は彼女に話しかける。
「C子さん、また夫に悪因縁が出て大変なようだね。この問題は夫だけが悪いのではないんだよ。夫婦の縁が繋がるということは、自分にも運命的な欠陥があったということになるんだよ。
それは何かというと、一つは夫婦縁障害の因縁と、もう一つは夫婦縁破れる因縁なんだ。これは過去世から持ってきた運命的なものだから、自分ではどうすることもできないんだよ。」
「そうねぇ! 最近、私も何かそのようなものがあるような気がしてきたわ。兄弟の中で私一人が貧乏クジを引いたみたい。」
彼女は夫婦仲が悪いという悩みを持って生まれてきたが、この世に生まれる人々は総て何がしかの運命的な欠陥を持って生を受ける。その理由を彼女に話して聞かせた。
「C子さん、人間がこの世に生まれてくる訳が分かる? 人間はどうしてこの世に生まれて苦しまねばならないのか、そのわけが分かる?」
「分からない。どうして?」
「それはねぇ! 人がこの世に生まれてくるわけは、自分の魂を浄化して進化させるためなんだよ。人は肉体がなくなっても霊魂はなくならないの。魂は永遠だから、進化するまで何度も輪廻転生して浄化しなければならないのよ。
その格好の場所がこの娑婆世界なんだ。悩み、苦しみ、妬み、憎しみ、うらやみ、怒り、不平不満、疑い、迷いなど人生のあらゆる苦を体験しながら、自分の魂を進化させる。そのために苦を味わねばならないのよ。」
「・・・・・!」
彼女からの返答はなかった。彼女にはまだまだそのわけがわかりそうにない。
人はこの宇宙が多次元世界であることを知らねばならない。魂を進化させ、次元をあげて霊的に進化させることは宇宙の法則でもある。
この果てしない宇宙には、既に進化を果たした霊的生命体は無数にいる。我々人間もその仲間に入るように、日々心や意識を覚醒させる意思を持たねばならないのだ。
その基本が物質的欲望から遠ざかり、利他心(他人が喜ぶことをする)を持って人々に奉仕する善行を行うこと。心にできわく悪の想念を抑えて、強く、正しく、明るく、我を折り、他人と仲良く総和して感謝する心を持つことが必要となる。
だがこれが何とも難しいのだ。私はその方法を信仰に求めた。魂は永遠であり、浄化して進化させることが自分の生まれた目的であると悟ればあとはただ突き進むのみ。
この道理はこの宇宙にびまんする知的生命体が我々に諭していることであり、私もそのように思う。私はC子さんに再度問いかけた。だがC子さんは無回答! すこし難しかったかな?
2008/08/20(水)
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■DV(ドメスティックバイオレンス)
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世にDVというのがある。親近者の暴力や虐待で、精神的な嫌がらせも含まれるが、私はなかなかその実態が理解できなかった。昨日はA子さんと当番をしていると、いつも見る70代前般のご婦人が来た。
「ねぇ、聞いてよ! 私もう嫌! 夫の精神的暴力でもう生きるのも限界よ! 一体、私、どうすれば良いの?」
問題はかなり深刻である。何でも定年になった夫がことあるごとに言葉の暴力を発し、耐えられないという。若いときは暴力で顔をよく殴られたが、今は言葉に代わった。
「旦那さんは県内でも名の知れた企業の重役だったでしょう。十分分別のある紳士がどうしてそんな言葉を発するのかね。」
「何言っているのょ! 上には総てイエスマンで、下には厳しかったくせに!」 「そんな若いときから暴力を振るわれていたのなら、どうして離婚しなかったの? 今からでも遅くはないんじゃないの?」
「もう遅いわよ! 子供ができてやむなく今まで我慢してきたのよ。分かれても子供がふびんだし、経済的に生きてゆけないもん。」
「じゃ、自分の気を紛らす趣味を持てば! 少しは心が楽になるかもよ!」 「やっているわよ! パソコンに絵画、でもねぇ! 同じ家にいて顔を合わせないわけにはゆかないもんね。息子夫婦と同居だし、ストレスたまっちゃって!」
いやはや、世の中は大変なのですね。こんな話を書く私はDVとは無縁の夫婦仲、私を大切にしてくれる家内には私も愛情をかけっぱなしで、おかげさまで毎日が楽しくてしょうがない。
聞くところにると、この旦那さんの家系がまた大変なのだ。旦那さんの兄弟姉妹6人が総て離婚し、再婚や一人暮らしだとか! それに自分の娘も離婚してばつ一の状態! そして今、自分は夫の不仲で悩みとおしなのだ。
ご婦人はよく理解しているが、この家系の因縁は「強い夫婦縁障害の因縁」と「夫婦縁破れる因縁」がある。これを切るには容易なことではない。
ご婦人は言った。
「また地獄の家に行かねばならないの。最近は早く死にたいとまで思うようになってきたのよ。」
私にアドバイスする力は何もない。これは自らが背負ってきたカルマだ。耐えて耐えて耐えぬくしかあるまい。
「A子さん、ここへ来れば思う存分愚痴を吐いて気を休めることができるよ。どうにもならなくなったらまたおいでよ。」
現世の苦しみは人それぞれだ。この苦しみをばねに自分を変えようと努力するとき、あとは来世が決めてくれる。
2008/08/19(火)
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■同窓生
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名古屋から帰省した兄弟と食事をしに「くろば温泉」へ行く。ここは家から近く、以前ふるさと共生基金の1億円を元手に温泉を掘ったら、お湯が出てきて村の保養所になった。
風呂場は混雑していた。お盆の客で超満員。身体を洗うのに立って順番を待っている。湯は適温で温泉に浸かりゆっくりとふるさとの景色を眺める。
関西電力の小原ダムの湖畔に立つ温泉は露天風呂もあり、眺めは快適だ。3人がお湯から出てきて2階のレストランへ入る。我が家でも賄いはできるが、そこは年に一度の再会の場、お風呂上りはゆっくりと食事をして帰ろう。
テーブルにすわると給仕の少年が来た。メニューを見ながら各自が好きなものを注文する。次男は定番の五箇山豆腐の定食、私と三男は岩魚定食を注文した。
次男と三男は地元の高校を出たので、話題は高校時代の話になる。何でも母校がバレーのインターハイに出たので寄付を要請されたとか、そこでこの給仕の少年に話しかける。
「00高校がインターハイにでたそうじゃないか、それで勝負はどうなったの?」 「一回戦で負けたそうです。私も00高校の出身です。」
「そうか、ところで君は地元の出身かな? 歳はいくつだ。」 「ハイ! 00部落の者です。歳は19歳。」
「そうか! オレの家と近いじゃないか。ここで働いているんか?」 「ハイ! アルバイトです。短大生なんで。」
若いなぁ! オレと45歳も違うのか!と、次男が述懐する。私は長男だったので町の高校へ進学させてもらったが、次男と三男は家の手伝いをしながら山の分校へ通学した。
何とこの給仕とは先輩後輩の関係を知った弟は話が弾み、15分程度も席の前で話し込んでしまった。幸いお客が少なく給仕に支障はなかったが、そこは山のレストラン!、いいかげんな仕事でも十分役に立つ。
三人は食事をしながら、50年前の生活を語り合う。父が出稼ぎと炭焼きで生計を立てていたころ、私も弟も必死で父の炭焼きの手伝いをした。毎年場所を換え、山の木を切りつくすまで炭を焼いた。
山奥の産業はこの炭焼きしかなかったのである。熊や穴熊、ムササビやふくろうが飛び交う山で夜を明かして炭を焼いた思い出がよみがえる。
懐かしいなぁ! 少年時代が走馬灯のように思い出される。加賀藩の流刑として利用された山奥の集落で生活し、今は高速道路が通い合掌集落が世界遺産になって山の生活は激変した。この時代の変化は私達に良きふるさとを残してくれた。
流刑地が合掌造りの町として栄える田舎を私はこう表現する。
”いにしえの簡素な住まい今はなく 寄る人並みに今日もにぎわし”
”変わりゆく便利さ慣れしふるさとに 賓客招くいにしえの町”
2008/08/18(月)
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■異質な世界
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三人は今のところ健康だ。次男は時々痛風の症状が出るので、焼酎の水割りを飲んで7時ころに寝てしまった。長い夜は三男といろんな話をして過ごす。
「保険代理店の仕事をしていて成績が良いと、毎年無料で海外旅行ができるんだ。この前なんか中国の上海へ行ったとき、子供を抱いた女が物乞いをするんだ。日本人と分かってのことだろうけどね。中国ではよく子供をダシにしてお金をせびるヤツがいるんでね。あの大都会の上海でだ。それも子供は借りてくるそうだよ。」
「そうだろうね。中国人は日本のように「恥の文化」がないからね。今のオリンピックでも開会式の偽装が問題になっているだろう。花火の合成や少女の口パク、それに今度は56民族の代表が漢民族の子供たちだったなんて、中国の異質さが問題になっているよ。」
中国社会は「偽装慣れ」が当たり前で、学歴、証明書、数字、ニュースなどあらゆる分野で毎日のように偽造が行われている。これは党幹部の指示だと言うし、これほどまでに平和の祭典が政治目的に利用された例も、あのベルリンオリンピックがナチスドイツの宣伝に利用されて久しい。
三男はまたこのように言う。
「外国から招待した人がホームレスをみてびっくりするんだ。何とホームレスが新聞を読んでいると! どうして新聞が読めるんだ!とね。」
日本は識字率が高く、ほぼ100%の人が読み書きできる。ホームレスが新聞読むなんて当たり前だが、外国から来た人は、ホームレスとは学歴がなく文盲だけがなるものと思っているのかな?
前にこんなことを聞いたことがある。東大卒の人が運が悪くホームレスになってしまった。だがこの人、学歴にこだわることなく堂々と橋の下で寝ている。いや寝なければならない運命なのかもしれないが、世にはこんな不運の人もいるのだ。
今回のオリンピックでは中国という国が世界へ躍り出る絶好の機会となったが、またその異質さも露呈してしまった。北京のフリー記者が言ってる。
「中国では当局者がニュースと宣伝の境界が分からなくなっている。中国国内では何も驚くことはないが、個人の尊厳を無視し党のメンツを優先させる共産党の古い体質がそのまま現れた。」
当然であろう。この異質の中国と今後付き合うときは、よほどの覚悟が必要なことは間違いない。
2008/08/17(日)
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■吸血ヒルとアブに降参!
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昨日から名古屋に住む弟が来て、田舎の空き家で過ごす。昨年は秋の幸が取れる10月に三人で過ごしたが、今年はお盆に集まることにした。
さて、久しぶりに三人が揃えば何をしようか! 三男が谷へ岩魚の掴み捕りに行こう言う。そこでまた子供の頃を思い出し、近くの谷川へ岩魚捕りに行くことにした。
岩魚は我がふるさとの谷川ならどこの谷にもいる。少し大きな谷なら30cm以上の岩魚が掴み捕りだ。だがもう3人とも60歳を過ぎているので、無理をせず小さな谷に行くことにした。
林道に車を停めて、ヤブの中を50mほど登る。谷は水がチョロチョロ程度に流れる川だ。1000m級の山から落ちる谷川に途中に農業用水を取るためダムが築かれていた。
その間、谷の少しくぼんだ水溜まりに手を入れ、石の隙間を探る。三男が頓狂な声をあげた。 「いた!いた! 少し大きいぞ! 」
だが、岩魚は岩のくぼみの奥に頭を突っ込んで手が十分に届かない。尾ひれが手に触れているが、奥が深くもう少しで捕まえれるのにそれができない。
そこで谷の下流の石をどけて池を干すことにした。三人で谷の水溜りを干そうと懸命だ。水位が20cmほど干上がり、岩のくぼみへ手が届くまでになった。
「おい! もう少しだ! もうすぐ捕まえられそうだ!」
だが、奥が深くまだ十分に手が届かない。私は合図した。
「それはダメだよ! この草の茎を取って孔に突っ込んだら!」
80cmくらいのよもぎの草を根元から折り、その草を穴の中に突っ込む。するとヤツはびっくりして穴から飛び出してきた。そこをタモで一瞬のもと、捕獲する。
「やったぁ! でかいぞ! 紛れもない天然の岩魚だ!」
と、言うことであちこちの水たまりを探り、やっと2匹をとりました。約25cmの天然岩魚です。行く手に大き砂防ダムがあり、ここで岩魚捕りは断念、3人は谷を降りることにしました。急勾配の谷を登り降りしたので少し疲れて、降る途中、次男が頓狂な声をあげます。
「やッ! ヒルだ! 木からドサ!と落ちてきたぞ! こいつは生き血を吸うヤツだ!」
見るとミミズの小さいようなヤツが数匹、手にまつわりついています。手で払いのけ、急いで元来たやぶの中を掻き分け林道の車のところへ下ります。
災難はここでも続きます。あの吸血昆虫アブです。まるで蜂蜜の巣箱をひっくり返したように、無数のアブが三人の周りを高速でせわしく飛び回ります。
すぐに車に飛び乗ったのですが、ドを開けたら一瞬に数匹が車内へ入り込んで! ここでもまだアブと格闘です。アブにかまれたら注射どころの騒ぎでありません。
チクッ!と、焼き火箸でつつかれたような痛みを感じ、すぐに血を吸います。夏の谷川へ岩魚を捕りにゆくのはこのヒルとアブの襲撃を覚悟してのことですが、それでも捕まえた岩魚は上等! 早速、骨酒にして三人で酒盛りとなりました。
アブは通称、「オロオロ」と言います。この語源のいわれは知りませんが、恐らくこのアブに取り囲まれたらオロオロになり、逃げ回ることからこの名がついたのでしょう。
吸血ヒルとアブに降参! このお盆の帰省はこのようにして終わりました。
2008/08/16(土)
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■お盆
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今日はお盆、帰省したみなさんは揃ってお墓参りに行かれたかもしれない。お盆という風習は仏教の「盂蘭盆経」(うらぼん経)というお経に由来するもので、お釈迦様の教えに基づく先祖供養を行う意味がある。
お釈迦様はご在世のとき、釈迦十大弟子の一人、目蓮尊者(モッガラーナ)が自分の母が餓鬼道に堕ちて苦しんでいる姿を霊視して、亡き母を救うためお釈迦様の教えに従い、多くの僧に施しをし援助した功徳によって亡母が餓鬼道から救われ、成仏することができたことによる。
以来、仏教では「盂蘭盆会」として、毎年8月の15日を先祖供養の法会として営まれている。一方でお釈迦様がご在世のときより、無明を照らす智慧の象徴である灯明を仏様にお供えすることは非常に功徳があるものとされ、その功徳を先祖の諸精霊に回向(お返し)する「盂蘭盆会万燈先祖供養」を行い、家庭の安穏、家運の盛隆を祈願する風習となった。
先祖は木に例えれば根っこであり、根っこに養分を与えない限り木は大きく育たない。先祖を愛しみ、感謝の祈りをささげることは家運繁栄の元と心得たい。
2008/08/15(金)
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■3兄弟
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私の下に弟が二人、次男と三男は名古屋近郊に住む。もう3人とも60代になり、二人は定年で年金生活だ。
昨年の秋、私から呼びかけて3人が田舎の生家で一夜を明かし、親交を深めることにした。田舎の家はいつでも泊まり生活できるようになっているので、地元の天然温泉に浸り、そこで食事をして家でゆっくり休む。
この歳になりようやく余裕が出て、このように3人が一堂に会することができるようになった。まずは、3人ともみんな元気で今年も明日、田舎で会うことにしている。
3人が田舎を捨てて都会で働き出して久しい。次男は名古屋へ、三男は東京へ出たが、結局最後の住家は名古屋になった。私は長男ということで親の面倒をみるため、遠くへは行かなかったが、今は老いた母を引き取り富山市で過ごす。
昔、私が子供のころは田舎に大勢の人が住んでいた。何の産業もなく、出稼ぎと炭焼きで生計を立てる生活はそう長続きするものではない。
多くの人が田舎を捨て、都会へ出て行った。だが時代が変わり山奥の田舎にも高速道路が開通し、中京方面と深いつながりができるようになる。
昔、牛馬が通った道も高速道路に変わった。歩いて5時間もかかった道も、今では1時間足らずで行ける。それに国道も完備され、町までは通勤範囲になった。
だが果たして田舎に残るほうが正解だったのであろうか? 否であろう。私が田舎を出なくても、恐らく私の子供達は都会に出たに違いない。
今、田舎は高齢化が進み、親と同居する子供たちもいなく、老人が孤立する家が増えている。それに医療も不便で、車が運転できなくなった老人は人の助けを得なければ生活できない。
老いたら息子の世話になるさ!、との甘い考えは現代では死語になった。介護が必要になれば誰が面倒を見てくれるのか? 施設に入るのも超満員! 子供がいなければ孤独死するハメにもなる。
まぁ、あまり老後のことを深刻に考えないで、まずは3人が健康でふるさとの田舎で過ごし、お墓参りができることを喜びたい。
2008/08/14(木)
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■悲恋
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世の中は矛盾に満ちたものである。前にも同じことを書いた記憶あるが、先日の新聞の人生案内にこんなのがあった。
40代の女性会社員が10年ほど前に大好きだった既婚者の彼と断腸の思いで別れたが、その後、結婚し父が病気になり、自分も離婚騒動になり結局破局になる。
その悩みを相談したのが縁で、また二人のよりが戻ってしまい、大好きな彼との不倫が続いている。彼は家庭を捨てる気はなく、自分も分かれることはできない。
さて、永遠に何の保証もない彼との人生を選ぶか、それとも別の人と出会って人並みの人生を送るか、どちらが本当の幸せかのだろうか?との問いである。
自分が大好きになった人が既婚者だったという矛盾! この種の相談は後を絶たない。実は私もこの人と同じような気持ちになったことがある。
ある未亡人の容姿としぐさが大好きになり、自分の心を制御するのが難しくなる。その心の動揺は、ある一枚の写真から始まった。
これは前にも書いたが、その写真とは私のふるさとの小さな滝の写真であった。高さ10mにも満たない滝をスローシャッターで撮ったら、何やら人影が写っている。
私はひと目で理解した。これは霊写真だ! その人物とは、私の故郷に伝わる、聞くも悲しい悲恋に散った遊女お小夜と牢番吉間の物語!
加賀藩が越中五箇山へ流刑した罪人は約200人、その中には金沢で遊女をしていた美人で歌や芸がうまかったお小夜がいた。その垢抜けた容姿としぐさに、さすがの牢番吉間も動揺する。
4年後には遂に二人の恋は清算の憂き目に会い、お小夜は庄川へ身投げし、吉間はお小夜の菩提を弔うために諸国行脚の旅にでて行方知れずとなる。一説にはお小夜は吉間の子を身ごもったとあるが、罪人とそれを監視する牢番の恋が許されるわけがない。
これは一体、私に何を知らせているのだろうか? 私のあの未亡人への恋心をダブらせ自問してみた。そうだ! これは二人の思いを私に知らせたに違いない。
私はそう理解した。二人の悲恋を清算してやらねばならない。もう死んでしまった二人だ。その方法はただ一つ。二人の供養をしてその菩提を弔ってやろう。
そう決心した私は、以後毎月二人の霊に向かってその激しかった恋心を癒すために、卒塔婆供養を始めた。卒塔婆に二人の名を書き、その霊に向かって成仏を祈るのである。
二人は死後も悩んでいる。なぜならこうして偶然にも私が写した写真にその悲恋を訴えて現れたのだから。それを癒してあげるのは私しかいない。
五箇山へ流された約200人の罪人はいろいろな人生を送った。御縮小屋と呼ぶ独房で獄死した者、平小屋と呼ぶ監獄に住み、この地で一生を終えた者、みんなそれぞれが自分が描いた人生と違う道を歩んだ。
もうお盆が来た。お盆は先祖を供養する大事な日だ。私は自分の先祖のみならず、今年は五箇山に散った加賀藩の流刑者全員を万燈を掲げて供養してあげようと思う。
それは仏陀の成仏法により成される。この供養は直接菩提に届くため、二人はことのほか喜んでくれるはずだ。そして200人の流刑者も!
2008/08/13(水)
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■金メダル
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水泳100平泳ぎの北島康介選手が2連覇を達成した。まずは心からお目でとうと言いたい。あの歓喜の雄たけびも彼らしく、いかに嬉しかったかが伝わってくる。
私は予選の泳ぎを見て、金メダルはひよっとしてノルウェーのアレクサンドル・ダーレオーエンではないかと思っていた。
用事から帰り夕刊を見ると、トップで写真が載っていた。そこで彼がどうして栄冠に輝いたかを彼の運気からみてみようと思った。
新聞には彼の年齢が25歳と記してあったので、彼は八白土星の星だと分かる。それが分かれば彼が今、どんな運気にあるかが分かる。彼は今、震宮に座していて、運気は盛運の入り口にある。
彼が座する震宮の象意を見てみる。震は「振」であり、「進」であり、「伸」である。震宮を顕現の象意とする。すなわち、過去の総ての善行、悪業がおのずから現れて、その勢いは天に轟き、地を震わせ、雷鳴は百里の先まで轟くとある。
秘伝に「心願望み事の場であり、名誉揚がる場とする」とある。やはりそうか! 彼の運気は今年は登り調子で天に轟く!
占いを侮るなかれ。熟達した運命学によれば、その未来は見通しなのだ。師の著書によれば、第二次世界大戦のかげには敵見方に分かれた運命学者の激しい攻防があり、むしろ、本当の戦闘は、戦場を遠く離れた運命学者の鑑定室で行われたという。
ヒットラーしかり、ルーズベルトもスターリンもそのブレーンに著名な運命学者をそろえていたことは知る人ぞ知る。
ひるがえって我が福田首相の内閣支持率がたったの28%! 不支持率は59.7%にも達すると読売新聞社が10日に面接方式で実施した全国世論調査で判明した。
福田首相に運命学者のブレーンがいるかどうかは知らないが、もしいないならぜひとも運命学者の智慧を借りるのが得策と思う。
これからの世の中はかってないほどの動乱の世の中になるであろう。そんな中で5000年の歴史を持つ運命学を駆使するのも一つの生き方ではないだろうか?
2008/08/12(火)
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■よしみね夏まつり
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グリーンパーク吉峰では毎年この時期、夏まつりが行われる。主催は立山町商工会で、今年は数年ぶりで行ってみることにする。
この夏まつりの目玉は手筒花火だ。大空へ華麗に舞い上がる花火と違って、縄を巻いた筒の中に鉄粉と火薬を入れ、筒から生き良いよく噴出する火の粉を楽しむ。
約30秒ほどのタイムだが、最後にドカン!と大きな音がして火薬がはじけ、火の粉が散って終わる。
毎年のことなので家を4時に出たが、30分で会場に着くと折りよく近くの駐車場に停めることができた。花火は午後8時から始まるのでその間3時間半もの時間がある。
会場に着くと既にカメラマンが数十人、場所をとって構えている。ようやく隅のほうに場所を見つけて三脚を出す。カメラマンはそのほとんどが私のような中年以上の男性だった。
そうこうしているうちに、プログラム通りロックバンドの演奏が始まり、夕陽が沈みかけてきた。私の横におじさんが座り、三脚をセットする。まだ撮影には3時間もあるので、このおじさんと話しこんだ。
「何度も来ているんですか?」 「そう! 昨年も来たよ。」
私は興味があってカメラを覗きこむ。
「キャノンのEOS5ですね。私も最初は使っていました。でもそれ、フイルムカメラですよね。デジカメ持たないの?」 「デジカメ持っていないんだ。フイルムが一番だよ。」
この私より年上の老人はやはりメカに弱いんかな? 「フイルムはISO1600くらいですか?」 「いや、100なんだ。20秒くらい時間をかけて写すよ。」
「へぇ! それ長いんじゃないの? 火は滝のようになってしまうね。」 私とこの人の考え方は違う。感度を鈍くして長い露出をとるか、私のようにISO1600で開放から32まであげて、自由なシャッタースピードをとるか。
「でもデジカメ持っているんだ。ほら! こんな小さいの!」 見ると手のひらに乗るような携帯用のヤツだった。
「これ、キタムラへ持って行ったら全紙にプリントを勧められてね。アジサイの露が宝石みたいだって!」
このおじさん、写真歴も長いようだ。小さなクラブにも所属し、よく郵便局や銀行のホールに展示するという。
「展示はどこもタダなんだ。パソコンに取り込んで自分一人楽しんでいるよ。」
インターネットをやっているか聞いてみたが、それはやっていないとのこと、気がつけばあたりは真暗になり、8時の定刻通り花火が始まった。
フイルム用の70〜200mmのレンズをつけてアップで花火師の写真を撮る。花火は煙が充満して思うようなシーンが撮れない。難しいなぁ! でも90基の手筒花火は豪快に散った。
カメラマンは約150人、観客は500人くらいいたかな? 地元の商工会長が、カメラマンだけじゃないか!と冗談を言っていたが、夏のイベントは私の写真とともに無事終了した。
2008/08/11(月)
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■封印が解かれた長崎
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7日のNHKスペシャルの「封印が解かれた長崎」を見て思うことがある。この番組は長崎に原爆を投下した国防省が派遣した、いちカメラマンが軍の規則に反して、被爆した人物を撮りつづけたことだ。
さすがに軍規に反することはできず、フイルムは未使用と偽って帰国後トランクの中にしまい、封印することになる。その後、被爆地の生々しい光景に押しつぶされそうになるが、43年経って教会のイエス像に映った被爆者たちの悲惨な声を聞き、一大決心をする。
これは自分の秘密として闇に葬るものではない。広く世の人々に訴えるべきものだ。「原爆投下は果たして正しかったのか」と!
当然、アメリカ国内の反感は激しく、写真の展示はおろか退役軍人の痛烈な批判を受け、ついに理解できない妻とも離婚するはめになった。
その写真は今年、長崎で展示された。後を引き継いだ息子が来日し、背中に大やけどをした在りし日の少年と面会する。
あの広島と長崎へ投下された原爆は何だったのか? 一瞬にして十数万人を殺戮し、以後今も原爆の後遺症で苦しむ多くの人々を思うと、つくずく人間の「業」の深さを思わずにはいられない。
第二次世界大戦が終結して63年、未だ持ってこの地球のどこかで戦乱は続き、犠牲者は後を絶たない。人間とはかくも欠陥だらけの存在なのだ。
だが、この欠陥だらけの人間も、何のために生まれてきたのかというと、それは何度も言おう。それは「魂を浄化し、進化させる」ためである。そのためには「利他愛とそれから発する奉仕」がなければならない。
今の人類はこの悲痛な声もむなしく、人類には破滅のカルマが漂い始めている。その声は私が師と仰ぐ高名な宗教家のご著書から拝借することにしよう。
師の未来予知によれば、
「私はあと30年、つまり2010年までに地球に破滅的な出来事が起こらなければ、人類はかなり長い間平和と繁栄を楽しむとこができるが、あとの10年に人類の限界を見るのである。この10年に人類のカルマの極限を感ずるのである。」(1981年初版、1999年カルマと霊障からの脱出より)
「私はこの日本ほど業の深い国はないと思うのだ。地球上で二度までも原爆の洗礼を受けた国だからだ。しかもそれで終わりではないのだ。原爆はもう一度、この国に落ちる。私にはそれが見えるのだ。
何という業の深さか! この国に破滅のカルマが一面に覆い、それは日に日に厚く、濃くなりつつある。それが頂点に達したとき、原爆は落ちるのだ。」(1982年初版、輪廻する葦より)
今、核開発は世界へ拡散し、ならず者国家と呼ぶ国が血眼になっている。また核兵器がテロの手に渡る場合もあるだろう。
この日本を核から守る、それは破滅のカルマを絶つしかあり得ない。その破滅のカルマを絶つ法は仏陀が悟った「成仏法」により成される。
2008/08/10(日)
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■オリンピック開幕
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今日は7日に放映されたNHKスペシャルの「封印が解かれた長崎」を書こうと思っていたが、北京オリンピックが始まって次の機会にしようと思う。
開会式の様子を5+1サラウンドのステレオ装置で見る。さすが中国! そのスケールの大きさに圧倒される。あれだけの人員を一糸乱れずゲームに投入するとは、さすが中国だ。
国威発揚もオリンピックからと、どれだけの練習を積んできたことだろうか? 開会式は文句なくほめてやろう。だが、このオリンピックがテロを警戒し、150万人に及ぶ警備をやらなければならない事情は異常だ。
ウイグル、チベット、更には法輪功などの問題に加えて、貧富の拡大、なりふり構わぬ人権無視の開発、共産党一党独裁国家ならではのオリンピックが始まった。
中国に住む日本人の多くが、中国人が仮面の下に隠している「反日感情」が頭を持ち上げることを心配している。
公衆のマナーを政府が指導しなければならない中国! これから始まるオリンピックが世界の注目を浴び、成功だと認識されるのはだれぞ知る。まずはお手並み拝見とゆこう。
2008/08/09(土)
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■生活保護費を返納した老女
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国際情報誌「サピオ」が届いて紙面をめくる。今月号は日中友好がテーマだが、どこを読んでも温かい話は載っていない。そんななか、一人の老女の生き様があった。
昔世話になった生活保護費を返納したのである。今の世の中は金・金・金!だ。誰もがお金に目がくらみ、金儲けに奔走する。特に許せないのは生活保護を不正に受け取るやからがいることだ。
北海道滝川市では生活保護を自給する夫婦が、介護タクシー補助費を2億円も搾取していた事件は全国的に話題になったが、数百万円の生活保護費を騙し取り高級車の購入に当てるなど、平成18年度だけでも不正受給は90億円にもなるという。
そんななか、北関東のある地方都市の役所に100万円が寄付された。年金暮らしをする77歳の女性で、20年以上前に受給していた2年間の生活保護費を返納するため、こつこつ貯めた大金を市に寄付したのである。
「ありがたかった。でも情けなかった!」と回顧するこの女性は、「バカを笑っても、貧乏を笑うな!」との母の口癖を聞き、常に自分が社会へ何の恩返しをできるかを問いかけてきた。
久しぶりに心温まる話を聞き、胸が熱くなる。この100万円はデイサービスのワゴン車を買う希望だったが、お金が足りず車椅子に代わった。
この日本から「善意」が消えて久しい。H子さんは言っている。
「あの封筒を切るとき、どれだけ心と手が痛かったことか。もったいない。ありがたい。申し訳ない。かたじけない・・・ あの感謝と恐縮した気持ちは、いつまでも忘れません」と。
同じ紙面に「モンスター・ペイシェント」という言葉があった。何でも患者が病院内で暴言や暴力の限りを尽くすことだという。
世の中がすさんでみんながピリピリしだした。この先の世はどんなになるのだろうか? 人心が乱れ、経済的に困窮する人が増えて犯罪に走り、競争が過酷になって、生きるために目の色を変えて奔走する。
それに環境破壊で、各地で地震や風水害、旱魃や高温化で食料やエネルギーの獲得に血眼をあげる。世界の経済もきしみだした。投機資金が富を求めて値段を吊り上げる。
もうよそう。この先、我々はどこへ行こうとしているのか? それは人類そのものが決めることなのだから。
2008/08/08(金)
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■結婚
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昨日はA子と話し合う。話題は結婚の話になった。最近、結婚できない人が増えて世の中独身者だらけ。このままでは少子化に益々拍車がかかる。
「中村さん、職場結婚は難しいものね。周囲の目が厳しく、折角交際できるまで進んでも、壊すことに生きがいを持つ人もいるのよ。」
「でもオレの職場では美人でスタイルのよい所長秘書が、不細工な大卒の男に引っかかったよ。好き嫌いだけでなく将来の安定を選んだのかな?」
「小さい職場ではやはり恋愛は難しそうね。すぐにバレルから。」
結婚は縁のものだ。どんなに好きでも相手にその気がなければ成立しない。昔は本人の意思だけでなく、家との格式で決まる面もあったが、現在では本人次第だ。
何を隠そう、私は甲斐性がなく、親戚に頼んで見合いしました。それが今のワイフです。でもこれは成功だったみたい。妻は私を大事にしてくれ、私も妻を信頼していますから。
結婚は縁だと言いましたが、縁が繋がるにはお互いが同程度のレベル(因縁的に)でしか縁とならないんです。昔、山の発電所で働いていたとき、大卒の新入社員が赴任してきました。
山奥で2人組の3交代勤務ですから合宿所があり、そこに若い女の子が賄いをやっていました。確か中卒だったと思います。ところがこの男が賄いの女を好きになって、後日結婚したとのことでした。
それから風の便りに二人は分かれたと聞きました。あまりにもレベルの違いについてゆけなかったのでしょう。
人はいろんな因縁(運命的な欠陥)を持って生まれます。夫婦となるには、その自分の持つ欠陥と相手が持つ欠陥の相違は+−10%程度のものでしょう。
つまり、欠陥のレベルがほぼ同じ程度だから結ばれるのです。これの差が大きければ必ず長い共同生活でアキレツが生まれ、別れることになります。
人の持つ運命的な欠陥に「夫婦縁障害の因縁」と「夫の運気を剋害する因縁」、「夫婦縁破れる因縁」があります。この因縁を持つと常にいざこざが絶えないか、必ず死別か生別を免れません。
今、分かれようかどうかと迷っている貴方、自分と相手がどの程度のレベルなのかを良く考えてみるのも一つの方法ではないでしょうか。
2008/08/07(木)
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■万燈先祖供養
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富山県の高岡商業高校が東愛知の大府に勝利した。高商は堅守が目立ち、7回には集中打で4点を入れて粘り勝った。勝敗は日頃の練習の積み重ねのほかに、運も左右する。どんなにチームの技術が高くても、思わぬ大敗を帰すこともあるのだ。
人の人生は運が左右するといっても良い。もちろん、運を呼び込むにはその人の努力と能力も必要だろう。だが人は一人で生まれてきたわけではない。人には先祖があり、多くの先祖を通じて今の自分がある。
だから運を呼び込むには、その先祖を供養するのが一番の運を呼ぶ方法なのだ。自分の先祖は無限といってよい。何代続いたか知らないが20代遡っても210万人の先祖がいるのだ。
その先祖供養をする最適の時期がきた。もうすぐお盆がくる。昔からお盆には墓参りをして先祖に感謝をし、先祖の遺徳を偲ぶ収監があるが、一番の功徳は盂蘭盆会万先祖供養をしてあげるのが最適なのだ。
人は死ぬとその霊魂は肉体を離れて阿鼻野街道を通り、サイの広場へ向かう。生前に万燈供養を行った人、あるいは子孫から万燈による追善供養を受けたおみ霊は、遠くに万燈の明かりが灯っているのを見て、それを頼りに真正仏舎利をお祭りしたお寺へ向かう。
ここに到着したおみ霊は一瞬にして冥界へ辿り着く。冥界に入ると生前に自分が造っておいたお墓、あるいは先祖代々のお墓が眼前に出現する。死者はこの中に入ってようやく安らぎを得て安らかな眠りにつくことができるのだ。
ここは子孫がお墓や仏壇に供えてくれたお供物が届き、おみ霊はそれを頂いて飢えと渇きを癒すことができる。そして供養した子孫にはその徳が回向されて運が良くなるのだ。
我々は自分の先祖を供養して家運を良くする「先祖供養」をないがしろにしてはいないだろうか? 先祖は木に例えれば根っこであり、その根っこに十分な養分を与えなければ大樹にならない。見えない根っこをいたわってこそ、自分に福がくることを我々は知らねばならない。
お盆とはそれを教えてくれるまたとない機会なのである。
2008/08/06(水)
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■塩硝
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五箇山の流刑について話したついでに、かって五箇山の特産物だった塩硝について話してみようと思う。
塩硝とは黒色火薬の原料となる貴重な品で、それは鉄砲伝来の天文12年(1543)にポルトガル人が種子島に流れ着き、鉄砲を持っていてそれを種子島の住民に見せたというのが、わが国への鉄砲伝来の始めとされる。
その後、諸国の大名は競ってこれを求めたが、足利義輝は鉄砲を鋳造させ、天文22年に種が島時尭から硝薬の製法を伝え聞いて試作したといわれる。
そのようなときに織田信長は鉄砲隊を組織し、天正3年(1575)の長篠の戦いには大いに活躍して、世に知られるようになった。藩政時代に五箇山で盛んに作られた塩硝というのは、わが国へ鉄砲が伝来し、黒色火薬は必要になってからで、塩硝は黒色火薬を作るための重要な原料であった。
塩硝の主成分は硝酸カリュウム(KNO3)で、土と蚕の糞、草などを家の庭に掘った穴に積層し、5,6年の歳月をかけてバクテリアで分解させ、有機物の窒素化合物から亜硝酸が合成され硝酸塩となる。これを煮詰めて硝石の結晶とするのだが、養蚕が盛んな土地と豊富な山草がとれる産地では格好の産業であった。
この塩硝の製法については上平村誌に詳しく記されているが、ここでは省くとして、慶長10年(1605)から嘉永13年(1636)ころには既に、加賀藩に対して毎年1200kgもの塩硝が上納されていたという。
嘉永14年からは生産量は飛躍的に増加し、その量は毎年4230kgに達し藩の専売品となり、文久3年(1863)には28,215kg、慶応元年(1865)には39,063kgに達したと推定される。
このように五箇山は塩硝の一大産地となり、その品質は加賀藩を第一とし、次いで出羽米沢、飛騨、甲州、信州、日光という順番になった。だからこれの製造技術を探るために、他国から隠密裡に進入して、技術を盗む者もあったという。 だが時代が変わり200年続いた塩硝の製造も、外国から硝石が輸入されるに及んで、明治初期には急速に衰退した。(以上、上平村誌より)
仕上げた塩硝はボッカが担いで1000mの峠を越えて運んだ。そのルートは三つあり、加賀藩までは2日を要したという。その一つのルートがブナオ峠だ。名の通り山頂まではブナの原生林で、私の写真にも載せている。
そこで私の得意な短歌を一つ、
”背に重き塩硝かずきて越える山 ボッカよ見たかこのブナの木を”
2008/08/05(火)
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■流刑(昨日の続き)
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五箇山荘で一夜を明かしてチェックアウトすると、すぐ近くの流刑小屋を見る。ここには唯一当時を思わせる流刑者を閉じ込めた小屋があり、その流刑の実態を知ることができる。
加賀藩が罪人の流刑を始めたのは金沢藩士中村吉十郎が最初で、寛文7年(1667)のことであった。その後藩の流刑地として決定的になったのは元禄3年(1690)である。
五箇山は流刑者の逃亡を防ぐために庄川に橋をかけさせず、川を渡るには籠の渡ししかなかった。背後を1500mの山々に囲まれた奥地は格好の流刑地だったのである。
流刑者の入る小屋は罪の大小により二つに分かれた。重罪人は独房の御宿小屋(オシマリ小屋)、軽犯罪者は平小屋(ヒラ小屋)と呼ばれ、罪を犯せば家族も罰せられたので幼児や子供を連れた罪人もいた。
軽犯罪者の入る平小屋は鍵がなく行動が自由で、村人との交流も自由であった。だから村の婦女子との関係も生じ、男女の交わりを禁止されたなかでいくつもの悲劇が生まれた。
その代表格が遊女おさよと牢番の吉間の悲恋であろう。これは私とも密接な関係があり、元禄3年に流されたお小夜と恋仲になった牢番の吉間が私の写真に現れたのである。
詳しい事情は省くが、遊女お小夜は能登七浦の出で、親の口減らしのため金沢の曖昧屋いずみや長右エ門へ身売りされる。長右エ門はこの界隈きってのならず者で、加賀藩士高崎半九朗らとぐるになって、か弱い遊女を酷使してあくどい金儲けを始めたことにより、五代藩主綱記公の逆リンに触れ五箇山に流罪になったものである。
遊女お小夜と牢番吉間の二人は私が写した写真にありありと出てきた。二人の恋は実を結ぶべきもなく、お小夜は庄川へ身投げし、吉間も巡礼の旅に出て行方知れずとなる。その写真はこの”よもやま話”のタイトルをクリックし、私のHPの滝2の「遊女お小夜」を見ていただければ一目瞭然であろう。
五箇山には嘉永初年(1848)までに159人が流され、恐らく明治維新までには200人に達するといわれる。その多くは獄死か、流刑地で一生を終えた。
ここで生まれ、少年時代を生きた私にはこの流刑者を供養する責任がある。昨日はみんなとこのお小夜を悼む塚の石碑を見て、その感を深くした。
お小夜は美人で歌や芸がうまく、村人に多くの歌を教えた。これがいま残っている「お小夜節」である。歌詞に、”名をつけよならお小夜につけやれ、お小夜器量よし声もよし”と石碑に刻まれている。
もうすぐお盆が来る。この二人と縁があった私は、五箇山に流された200人の流刑者を盂蘭盆会万燈で供養してあげようと思う。そこで一句、
”罪人の行く先険し渓谷の 流転の旅路哀れなるかな”
2008/08/04(月)
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■いで湯にわれもしばし憩わん
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昨日から私の故郷、五箇山へ8人を連れて慰安旅行に行ってきた。富山県に住んでいても世界遺産の五箇山へ行ったことにない人がいて、私の生家(空き家)も見たいというので高速道路をひた走る。
まずは白川郷で合掌集落を散策する。お寺の横に合掌造りの郷土資料館があったので中へ入り、2階、3階にいろんな昔の生活道具や養蚕の様子を見学する。
続き廊下を渡ると寺の本堂にでた。まるでクーラーで冷やしているように涼しい。これも分厚いカヤで屋根を葺いているからかな?
集落を展望できる高台に車を走らせる。ここは何度も来たところだ。私には何の変哲もないところだが、みんなが感嘆する。ここは世界遺産に指定されただけあって、150戸が立ち並ぶ合掌造りの里だ。
そこから庄川を下り私の生家へ来た。私の家も50年前は合掌造りの家だった。だが時代の変遷には勝てず、解体して今時の家に作りなおす。
230年続いた先祖が作った家は、いまや空き家になってしまった。だがいつでも住めるように電気・ガス・水道は活かしてある。
先日も家内の知人が家を貸してくれというので、東京から15人も来たという。その家を案内した。8年前に定年になり、また住もうと思った家も今では無用の長物になってしまった。ゆいつお盆だけは名古屋に住む弟2人が来て兄弟3人で一夜を明かすことにしている。
一夜は五箇山荘で過ごすことにする。五箇山荘は天然温泉で名高い。私が若いころ、湯谷と命名された近くの谷に温泉が自噴していた。傷によく効く湯で、ビンに詰めて持ち帰ったことをよく覚えている。
いつしか谷の水が混じり湯ではなくなった。そこをボーリングして湯にしたのが今の五箇山荘だ。
一夜の湯は格別だった。適度の湯に浸かり、昔を思い出す。少年時代の山野を駆け巡った思い出が甦ってきた。夜遅くまで飲み明かし、昔を語り合う。それにはこの短歌が私の今を表現してくれる最適の句であろう。
”いく山河越えきし旅も一休み いで湯にわれもしばし憩わん”(作者不詳)
2008/08/03(日)
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■花火大会
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昨夜は富山市の花火大会、今年も傑作を撮ろうと出かけてみた。カメラも新しいものに換えたし、さぞ良い写真が取れるのではないかと勇んで会場へ急ぐ。
会場は市内の真ん中を縦断する神通川の河川敷。その一段高い土手に座り夜が暮れるのを待つ。一時間半早く会場に着き、特等席に三脚を構えて開始を待つ。
太陽が西に傾き、次第にあたりが薄暗くなってきた。だが1時間半の長い時間を待つには退屈だ。そうこうしているうちに、私の横におじさんが来て座った。
この人、すぐに私に話しかける。
「花火を近くで見るのは十四、五年ぶりだなぁ! ここが一番良い場所かい?」 「えぇ! ここは河川敷が一望できるので、花火を目の前で見れますよ。」
「歳の候、私とあまり変わらないように見えますが何歳ですか。」 「00歳だ。」 「そうですか。じゃ、私の2つ上だ。」
と、言うことでこの人と花火が始まるまで友達気分で話し合いました。
「どこにお住まいですか?」 「00町だよ。」 「じゃ、私と同じ方向ですね。00町は高級住宅街だし、私の後輩や先輩も住んでいるですよ。00君知りませんか?」
「知ってるよ。すぐ近くなんだ。」 「そうですか! では00さんは?」 「その方も知っているよ。確かあの方は00電力の方だったなぁ!」
「ハイ! いずれも私の後輩や先輩なんで、今どんな生活しているのなか? 長く会ったことないんで。」
「貴方はカメラを構えているけど、いつからやっているの?」 「もう12,3年経ちました。カメラは最初お金がかかったけど、今じゃデジカメですごく身近な趣味になりましたよ。貴方はいかがですか?」
「オレはゴルフさ! 00と00のメンバーなんだ。週いちのプレーを楽しんでいるよ。」 「そうですか。私も現役時代、少しやったけど、今はキッパリやめましたよ。」
「ハンデイはいくら?」 「9なんだ。」 「へエイ! すごいですね。お金もかかるでしょう。」
と、言うことで一時間半がすぐに過ぎました。7時45分に空港から飛行機が飛び立つと花火が始まりました。花火は基本的にスポンサーがつかなければ上がらないので、昔と比べて花火の数はめっきり減りましたね。
ISO1600で絞りを3.5にして写すが、なにせ花火は瞬間に光るので、最適の瞬間を撮るのが難しくて! カメラが瞬時に反応してくれないんです。
と、言うわけで1時間はアッ!というまに過ぎました。腕が悪くロクな写真撮れなかったけど、これから毎日トップで更新します。
2008/08/02(土)
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■欲心
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昨日は暇な日だった。たまらず午後から近くのスポーツ公園へ行く。その途中に宅地に造成して2年足らずに、100軒もの新築住宅が並ぶ団地を通る。
どれも最近流行のモダンな一戸建住宅だ。家の前には庭らしきものがなく、代わりに舗装した車2〜3台のスペースがあり、新しい車が停めてある。
皆さん、裕福だなぁ! この日本も景気が悪くなり失業者も増えているというのに、一体、この人たちは大丈夫なのだろうか? いらぬ心配をする。
アメリカのサブプライムローンを借りた人たちは悲惨だ。低所得者向けの人々に、最初は低利で貸して数年後には十数%の利息をとる。
それでも住宅価格が年々上昇し、資産価値が上がっていたときは良かった。2〜3年で20〜30%も値上がりすれば、人々はその分を儲けと考え、またローンで車や消費材を買ったという。
住宅は値上がりし、下がらないという神話が不幸の始まりだった。今では20〜30%も値下がりし、金利上昇で払えなくなった人々は家を失い、失業すればホームレスとなる。その数何と100万とも200万人とも言われる。
これは欲心の固まりだ。欲しい欲しいとの気持ちが先を読む力もなく、住宅を求めて物欲に走った。資本主義は基本的に物欲主義だ。これは人間の本能でもあり、これがあるから発展もするのだが、一つ間違えば自分の人生を狂わしてしまう。
何を隠そう、私も20年前はこの欲心の固まりだった。世の中には振り込め詐欺が横行し、今年は既に166億8千万円に達して、2004年を上回る過去最悪のペースで被害が増加しているという。
私も資格商法に引っかかって23万円ボラレた経験者なんです。あれは昭和63年の夏、ある企画会社だというものから会社へ電話があり、中小企業診断士の資格をとらないかという。
忙しい目の回るような職場へ電話をかけてくるヤツはどうして私の名前を知ったのか、次の言葉にコロリとやられました。
「中村さんですね。今日は貴方の将来のために良い提案をさせていただきます。中村さんは00の資格を持っておいでですね。それに加え、今から中小企業診断士の資格をとれば将来は安泰ですよ。
仕事はこちらからどれだけでも差し上げます。さぁ! ぜひこの通信教育を受講してください。」
私は仕事が忙しいからすぐに電話を切れば良かったのに、何度もかかってきてついに折れました。振り替え用紙が送られてきて、送金するとテープが送られてきました。
何とそのテープは全く聞くに堪えないシロモノで、何を言っているのかさっぱり分からない講演録だったのです。
その時になってやっと、これは詐欺だと気づきました。その後は00商事だとか、00会社とかいうヤツから次々と電話があり、良いカモだと私の名簿がたらいまわしになっていたようです。
私は腹が立ったけど、自分の欲心について反省する機会となりました。別に23万円が惜しいという気持ちもなく、以後キッパリとこの種の誘いから縁を切ることができました。
くしくも先日長男が帰省し、こんなことを言います。
「父さん、オレは将来、中小企業診断士になろうと思うのだ。そのため、ここ2,3年、一生懸命勉強するよ。何せこの資格は800人しか合格しないんだ。最難間の資格なんだって!」
息子の意気込みは分かるが、私のように詐欺に引っかかって元も子もなくするなよ。息子には親の運命を反復しないよう最善を尽くすよう心から祈りたい。
そこで私はこのように言いたい。
「欲望を選択せよ! 人を救い、世を建て直すための”利他行”にまい進する欲望を持て!」
2008/08/01(金)
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